【8-26】陰日向 下《第8章 終》

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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 幕僚たちへの報告のあと、セラ=レイスは眼鏡大尉(参謀・フォウォレ=バロル大尉)に案内され、参謀部付き総務課のテントに向かった。


 補給、経理、人事、それに庶務まで、実務を取り扱うこの課は、右翼の混乱も相まって、徹夜でフル稼働していた。


 自軍の損害状況等、一通りの報告とそれに伴う手続きを終えたレイスは、総務課の従卒から珈琲に砂糖、粉乳と一式を受け取り、休憩用の天幕へ足を運んだ。



 佐官以上の利用が許される天幕には、先客がいた。


 ブレゴン中将にイース少将、それからキンピカ少将に禿頭大佐――先刻、老将軍に駆け寄り、口々に薄っぺらい励ましの言葉をかけていた将校たち――であった。


 レイスは先客から離れた席に腰を下ろしたが、彼らの話し声は聞こえてくる。


「馬鹿な男だ。娘が所属する部隊を、あんな最前線になぜ配置していたのか」


「まことまこと」


 天幕内を漂っている高級葉巻の煙が鼻につく。


「いい加減、もうろくした老人は予備役に入ってもらいたいものですな」


「そうそう、年寄りがいつまでも現役だと、あとがつかえて仕方がない」


 彼らは笑い合った。心底可笑おかしそうに。


 ブレゴンとイースは、葉巻の後始末を副官たちに任せ、休憩用天幕を出ていった。入口近くの席でコーヒーをすする紅毛の青年将校になど目もくれずに。



 両将軍の副官たちも幕外に消えたのを確認すると、キンピカと禿頭の2人は話題を転じる。


「ビレー中将のお怪我の具合は、どうだろうか」


「名誉の戦傷を負われたと聞きますが、心配でございますね」


 キンピカもといルーカーは、ビレーと同じ中将であり、さらに副将でもある。組織上の地位はルーカーを上としてよいが、家格・領国規模・戦場経験どれをとっても、ビレーの方が格上であった。


 キンピカとしては、「ご機嫌伺いの機を逸してはならない」といったところだろう。


 それにしても、キンピカも禿頭も慌ただしいものである。


 ブレゴン等左翼の将校とともに、老将軍の陰口をたたいていたと思いきや、今度は、その対立陣営であるビレー等右翼の将校へのご機嫌うかがいとは――。


 離れて座るレイスも、内心呆れるばかりである。


 これこそ、生前のレディ・アトロンが忌み嫌っていた、「高級将校の政治的駆け引き」の一端であろう。



 7月20日未明からのヴァナヘイム軍の猛攻を受けて、右翼の最高責任者・エイグン=ビレーは、我先に逃げた。


 指揮すべき兵卒も下士官もうち捨て、幕僚たちすら顧みずに。


 あまつさえ、側室すら寝所に置き去って、寝間着のまま単騎後方に逃げ出したらしい。


 無我夢中の逃走の際に、どこかにぶつけたのだろう、膝にかすり傷を負った程度だとレイスは聞いている。「名誉の負傷」が聞いて呆れる。



「お見舞いの品を送っておいた方が、良さそうですな」


「中将閣下は何がお好みだったか」


「馬がお好みでした。ブレギア産の馬匹を見繕いたいものですね」


「そういえば、中将がお命を取り留めたのも、ブレギア産の名馬のおかげだったとか」


「そうそう、最近手に入れられた黒毛の極上馬が、戦場を離脱するのに大いに役立ったとお聞きしております」



「……」

 下品な紫煙の臭いが収まったかと思いきや、今度は泥濁色の液体から立ち上る臭いが、レイスの鼻にまとわりつき始めた。


「さすが、ブレギア産の馬は、違うものだなぁ」


 彼らの会話は、献上品たる馬についてひとしきり及んだあと、添え物に関する現実的な内容にまとまっていった。


「葉巻やワインが間違いないだろうな」


「物資窮乏の折だから、きっと喜ばれるに違いない……」



 貢物みつぎもの談義を最後まで聞き終えることなく、レイスはカップをテーブルに残したまま、静かに休憩用天幕を後にした。





第8章 完

※第9章に続きます。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レディ・アトロンが、囮作戦遂行のために献上したブレギア産の軍馬。それが、ビレー中将を救うことになろうとは……。


【6-14】囮作戦 1 引き金

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味方を一兵でも多く逃がすため、奮戦した彼女は戦死し、己1人が生き延びるため、すべてを捨てて逃亡した中将は生き残った。


この皮肉に、何とも言えぬ思いを抱かれた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回からは、第9章「昔日」が始まります。


一気に20年ほど時間を遡り、セラ=レイスの生い立ちにフォーカスしたいと思います。

これまで、何度かセリフにて名前が呼ばれてきた少女「エイネ」も登場します。


お付き合いください。

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