【8-25】陰日向 上

【第8章 登場人物】

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【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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「……そして、アトロン大佐が戦死なさいました」


 7月25日朝6時、帝国軍総司令部の天幕において、ズフタフ=アトロン大将以下幕僚たちに対し、セラ=レイス少佐は絞り出すように報告した。


 右翼各隊潰滅までの経緯と、総司令官の一人娘が戦死に至った顛末てんまつを――。


 屋根だけ張られた総司令部を、静寂が包んだ。



 彼女は危惧していた。右翼各隊が涼と水を求めて散らばってしまっては、布陣としての意味がなさなくなる、と。


 【8-2】炎暑 下 

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 だが、彼女の諫言かんげんは、右翼を統括するエイグン=ビレー中将・ゲイル=ミレド少将によって、一笑に付された。酷暑のなか、ヴァナヘイム軍が動くはずがない、と。


 帝国四将軍のうち、この2名は、さすがに戦傷療養のため不在だった。


 左翼を統べるリーアム=ブレゴン中将・ユアン=イース少将は列席している。


 対立陣営がことごとく敗れ去ったことは、内心歓迎すべき事態なのだろうが、両将軍ともさすがに神妙な面持ちは崩していない。


 

 ビレー・ミレドの見込み違いをあざけるようにして、戦況は推移していった。


 四方をヴァナヘイム軍に囲まれるという絶望的な状況下、両将軍が見捨てた下士官・兵卒をはじめ、味方を1人でも多く逃がすべく、レディ・アトロンは平原にて奮戦。そして、補給と再編のため、ヴァ軍をいったん引き揚げさせることに成功する。


 彼女は、傷を負った者たちを決して見捨てようとはしなかった。そして、恐るべき速さで追撃に移ったヴァナヘイム軍先鋒に追いつかれた。


 それでも、負傷兵を託したレイス隊を先行して落ち延びさせると、彼女は最後まで踏みとどまった。


 白刃を振るい、フェドラー隊以下、自らの麾下の退却まで見届けたところで、遂に命運が尽きる。


 レディ・アトロンは、全身に銃弾を浴びて昏倒したのだった。




 狐面のターン=ブリクリウ大将が残していった、


キンピカ少将(副将・リア=ルーカー中将)

禿頭大佐(参謀長・コナン=モアナ少将)

どこかでお会いしたような将校(包帯少佐……先任参謀・アラン=ニームド中佐)


は、誰しもがうつむいたまま凝固していた。


 彼らは、右翼が崩壊したという事実を、飲み込めないのだろう。



 朝陽が昇り夜のとばりが開いても、老司令の表情は冴えないままだ。


 レイスのあおい瞳には、数カ月ぶりに顔を合わせた総司令官は、心持ちやつれたように映っていた。


「……イース将軍の予備兵力を右翼にさし向けよ」

 せきとした空気を破ったのは、そのアトロンのぼそぼそとした声であった。


 老将は白色の眉を心もちしかめ、静かに命じた。



 周囲の将軍や参謀たちは、一斉に立ち上がる。


 項垂うなだれたまま突っ立っている紅毛の若造を押しのけて、その前に割り込むや、老将に次々と歩み寄った。


「総司令官、お気を落とされませぬよう」

「我ら身を粉にして職務に励み、ご息女の仇をとってご覧にいれます」

「さよう。まずは事実確認のために、さらなる斥候を出しましょう」

「まだ、悲観するには早いのでは」

「もしかしたら、ご息女は、どこかに落ち延びていらっしゃるかもしれません」

「その場合は、我が隊が真っ先に救出に参る所存」


 レイスも、周囲より一歩後方かつ頭ひとつ高い位置から、アトロンへ光のない視線を向けた。


 白髪の司令官は座ったまま目をつむると、周囲からの呼びかけに、一度うなずいただけだった。


 朝陽は、老将軍の顔の皺に深い陰影をつけていたが、その心根までを浮かび上がらせることはなかった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


一人娘を失ったアトロン老司令の心痛は、いかばかりか……お察しいただける方、

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アトロン老将の乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「陰日向 下」お楽しみに。

「航跡」最長、26話に及んだ8章も終幕を迎えます。


天幕内を漂っている高級葉巻の煙が鼻につく。

「いい加減、もうろくした老人は予備役に入ってもらいたいものですな」

「そうそう、年寄りがいつまでも現役だと、あとがつかえて仕方がない」


レイスはカップをテーブルに残したまま、静かに休憩用天幕を後にした。

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