【8-24】敗走 下
【第8章 登場人物】
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7月25日の夜明けを迎えようとしている。
上官と少女へ向けていたトラフの軍靴が、新たに漂着した友軍の生き残りに、素早く向き直る。
泥と
夜半過ぎから敗残兵を受け入れてきた帝国陣営は、夜明け前に落ち着きつつあったが、アトロン連隊の生存者を迎え、再び活況を呈し始める。
それらの物音に、レイスは眼を覚ましたようだ。
彼は、少女の膝から身体を起こすと、懐中時計を取り出している。
針は、早朝5時にさしかかろうとしているはずだ。周囲はほのかに明るい。足元には、先ほどまで彼が口にしていた炭酸水の小瓶が置かれたままだ。
「お、おはよう、ございます……」
「おはようございます。すぐに朝食の用意をいたしますか」
「……」
赤髪の少女のぎこちない挨拶にも、黒髪の副官の沈着な問いかけにも応じずに、紅髪の将校はのそりと立ち上がる。
そのまま黒コガネの旗に向けて、のろのろと歩を進めた。彼女たちもその後に続く。
ふらりと現れた背の高い青年将校とその女性副官の姿を見て、本軍にたどりついたばかりの者たちは一様に
誰もが頭部や腕、足に傷を負い、そこからは血がにじんでいた。
正視に耐えなかったのだろう、少女ソルは、両目を強くつむってしまった。おまけに足がすくんでしまっている。
「アトロン大佐……連隊長殿はどうなされた」
そう言うレイスも
「……現時点において、自分が連隊長代理を務めている」
右腕を左手でかばうようにして、ブライアン=フェドラー中佐がよろめき出た。
思わずトラフは灰色の両の目を細め、形の良い口を引き結ぶ。
「……そうですか」
レイスは、頭を上げずに一言だけつぶやいた。
傷口が痛むのだろう、中佐は歩を進めた途端、表情が歪み、その場に膝をつく。介抱のため、すぐにトラフは歩み寄った。
彼は、レディ・アトロン麾下の筆頭将官であった。
帝国軍のなかでは優秀な部類に入るはずの中年士官も、軍服だけでなく顔や頭髪にまで泥と血糊がこびりつき、まったく覇気に欠いた。
レイスもそこに片膝をつき、自隊が離脱したあとの戦況について聞き込みを始める。
「……総司令部への報告は、自分が行きます」
レイスは立ち上がるや、ゆっくりと
ビレー中将以下、帝国軍右翼・第1軍団司令部は、その機能を失って久しい。
代わりに撤退戦の
だが、連隊長以下、軍議や演習で顔を合わせてきた士官たちも、傷を負った中佐を除き、その姿は見えない。
アトロン連隊の生き残りのなかで、身体健全という条件を付ければ、最も階級が高いのはレイスのようだ。
紅毛の将校は、1人総司令部へ歩いていった。
トラフの視界を遮るように、衛生兵たちが慌ただしく駆け寄り、連隊の生き残りの看護を始めていく。
黒髪の副官は、
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
レイスたちの乗った船が止まらぬよう、レディ・アトロンの冥福を祈っていただけましたら、幸甚です。
【予 告】
次回、「陰日向 上」お楽しみに。
朝陽が昇り夜の帳が開いても、老司令の表情は冴えないままだ。
数カ月ぶりに顔を合わせた総司令官は、心持ちやつれたようにレイスの
「イース将軍の予備兵力を右翼にさし向けよ」
老将は白色の眉を心もちしかめ、静かに命じた。
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