【12-9】ケニング峠の戦い 1

【第12章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429613956558

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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「左翼第4大隊、敗走を始めました」


 アレン=カムハル少尉からの報告にうなずくと、帝国東征軍先任参謀副官・キイルタ=トラフ中尉は、落ち着いた声で命じる。

「敗残兵を収容しつつ後退。我々も20キロ退きます」


 帝国暦383年9月下旬――このひと月、中央・左右両翼とも帝国軍の戦局は冴えない。参謀部の人員刷新さっしんも虚しく、イエロヴェリル平原を南へ南へズルズルと後退していた。


「また退却ですか?」

「もうどれだけ退いたんだ?」

「総司令部もまた引っ越しか……」

 アシイン=ゴウラ少尉やアレン=カムハル少尉ほか、部下たちの不平不満のうずのなかに、紅毛の上官の姿は見えない。


 トラフは数歩下がり、長椅子の背もたれの先をのぞいた。


「……なんだ?撤退については、アトロンじいさんの了承をとってある。『引っ越しが面倒』とかいうたぐいの苦情なら、受け付けんぞ」


 長椅子には、先ごろ帝国東征軍・先任参謀に返り咲いたセラ=レイス中佐が、横になっていた。軍靴を履いたまま、片腕を顔の上に載せて。


「ヴァーラス城の放棄以来、荷物を荷台に積んだままにしておりますので」


「そいつは準備がいいな」

 言葉とは裏腹に、感心するような響きは感じられない。



 帝国は無抵抗のまま、退却を重ねているわけではない。


 さかのぼること半月前、芸術の街・グラシル――その街境まちざかいのケニング峠で、両軍は激突している。

 

 そこでの一戦以来、この紅髪の上官は、どうにも機嫌が悪い。


 蒼みがかった黒髪を持つ副官は、話題を転じてみる。

「ドリスに向けて、城塞を放棄するよう打電していますが、クルンドフ少将からの返電がありません」


「あの小男に伝えとけ。大規模な城塞都市とはいえ、いまそれを守り抜いても手柄にならん。敵の猛獣に食いちぎられるのが関の山だぞ、と」

 レイスが、元上官に対しても容赦しないのはいつものことだが、この日はいつもに増して毒を吐いた。



 そのような折、長椅子の向こうから、レクレナもひょいと顔を出す。


「まぁだ、グラシルで負けちゃったのを、気にされているのですかぁ?」

 あたしたち、いっつも敗れてばっかりじゃないですかぁ――いまさら1つ敗北を重ねたところで、何を気にすることがありましょう――レクレナは、いつもに増してとしている。


「……」

 蜂蜜色の髪の部下による問いかけにも、紅髪の上官は口をへの字に曲げるだけだった。



***



 帝国暦383年9月14日、帝国軍中央・リア=ルーカー中将率いる同第1師団も、総司令部の命令に従い、グラシルを放棄して南下しようとしていた。


 ところが、帝国軍斥候兵は、街道の先にヴァナヘイム軍が回り込もうとしているという情報をつかんでいた。わざわざ間道かんどうを抜けての先回りである。こちらの退路を断とうとしているのは、明白だった。


 果たして数日後、そのヴァ軍は街道の先に姿を現した。


 往還にふたをするかのように円形陣を敷くと、そのまま峠を背にして動かなくなった。悠然とした構えは、帝国軍中央第1師団を誘っているようにも見える。


 そして、そのヴァ軍には「遠吠えする狼」の戦旗が翻っているという――現地の第1師団も、帝国軍総司令部もたちまち色めき立った。



 敵総司令官・アルベルト=ミーミル大将のお出ましだ。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ミーミルの登場に、レイス以下帝国軍はどのように対応するのか気になる方、ぜひこちらから、フォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「ケニング峠の戦い 2」お楽しみに。


――敵の総司令官やっこさんが、手の届く距離に居る。

先任参謀・セラ=レイス中佐は、思考に泉に潜行する。


何より、アルベルト=ミーミルが、帝国軍を散々悩ませている敵の総司令官閣下が、のこのこ出て来たわけである。


この男さえ討ち取ってしまえば、帝国・ヴァナヘイム戦役は、早期に終結することだろう。

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