【12-8】君臣師弟

【第12章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429613956558

【世界地図】航跡の舞台※第12章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330648632991690

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 「もう、いいんじゃないかな」


 若く通る声が、国政の間の奥から発せられた。 



 義弟と宰相は、同時に声の方を振り仰ぐ。


 玉座の肘かけに体を寄せ、頬杖ほおづえをつきながら、金髪の青年が冷ややかな視線を眼下に向けていた。


「領民は疲弊しているよ。父上の代から、いくさ、いくさ……。その上、先年まで殺し合っていた相手を、なぜ助けなきゃいけないのさ」


 右手に乗せた片頬をそのままに、青年は足を組み直した。

「逆にチャンスなんじゃないの。俺たちも隣に領土をひろげるさ」


「さすがは、レオン……」


 先王遺子とその取り巻きたちによる、10の鋭い視線に射すくめられ、先王義弟は喉を鳴らし言い改めた。


「さ、さすがは、レオン。よく状況を理解していらっしゃる……」



「若君、いけません」


「宰相……その説教、長くなる?」

 レオンは、頬杖をついていない側をふくらませた。


「隣国のために出兵を重ねてもさ、うちの国土は拡がらないんだよね。戦費負担を続けている者たちに、領地加増してあげることができないじゃない」


「出兵を請け負う領主には、租税や賦役ぶやくを軽減しております」

 ラヴァーダは、ヴァナヘイム支援に際して、負担する戦費に応じた救済措置を講じていた。さらに、戦傷を負った者、戦死した者の遺族には、補償も施している。


「そうなの?」


「え、ええ、まぁ」

「そういえば、その……」

 突然、若き主君から質問の矛先を向けられ、その叔父と一族衆は言いよどんだ。


 この制度を良いように利用し、私腹を肥やしている者たちなどに目もくれず、宰相は若い主君に向けて続ける。

「我が国としては、これまでどおり帝国軍の体力を削ぐことに専念し、帝国の脅威を隣国までにとどめておくことこそ、肝要かと」


「この国は大丈夫だよ。これまでだって、宰相は帝国軍を撃退してきたじゃない」


「正規軍が相手となれば、話が違います。帝国と真正面から戦えるほど、我が国は国力を高めることができておりません」



 広間に集った者たちは、固唾かたずを飲んで若君と宰相のやり取りを見守っていた。


 もはや先王義弟は落伍らくごし、聴衆に立ち位置を変えている。


 続いて君臣の応酬も、聴衆の予想どおり、宰相に軍配が上がりそうだ。


 宰相は「歩く帝立図書館」との異名を持つほどの男である。そもそも、ラヴァーダは、レオンの学問の師ではなかったか。


 ヴァナヘイム国への派兵は継続――誰もがそれを認識したとき、レオンがつぶやくように言葉を吐いた。

「……このだらだらと続く派兵こそが、国力とやらを落としているんじゃないの?」


「――!」


 金髪の弟子が吐いたのは、何気ない一言だった。だが、この一手により、形勢は逆転していた。


 誰よりも速く、銀髪の師はそれを理解した。自論の脆弱ぜいじゃく点は彼が一番知っていた。


 ゆえに言葉を失った。



「『救済措置』もいいけどさ」

 レオンはたたみかける。

「出兵を担う領主たちからの税収や彼らの夫役負担量は、確実に少なくなっているわけでしょう?」


「それは……」


「増える一方の戦傷者・遺族への補償の財源はどうなっているのさ」


 レオンはもう一言だけ付け加える。聴衆に向けて、までのだとでも言いたげに。

「帝国軍を抑え込むのに、出兵の規模と頻度は、際限なく増していくよ。それに伴い『救済措置』の対象者も拡大していくばかりだ」


「……」

 ラヴァーダは、黙したままうつむく。


「税収の落ち込みと、領内各所の普請ふしんの遅れ具合を確かめた方が良さそうだね」


「……」

 宰相の銀色の横髪が右耳から外れ、頬にかかった。




 あのキアン=ラヴァーダが、博学多識の宰相が論破された――国政の広間は、静まり返った。


 金髪の若者は、黙した宰相から先王義弟に視線を向けた。あごをしゃくって視線を再度投げかけても、他の聴衆たちと同じくほうけた様子の叔父は、それらを知覚しない。


「……ホーンスキン様」

 御曹司筆頭補佐官・ドーク=トゥレムが、レオンの舌打ちに呼応して声をかける。


 すると、ウテカはこの議論を己がつかさどっていたことを、ようやく思い出したようだ。

「あ、そう、そうであったな」


 先王義弟は手を鳴らした。乾いた音が、間の抜けた調子で広間に響く。


「さ、さあ、決を採ろうではないか」






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


宰相が論破されたことに驚かれた方、ぜひこちらから、フォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ラヴァーダたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「ケニング峠の戦い 1」お楽しみに。

フェイズは草原の国を離れ、再び帝国軍は参謀部(レイス隊)へ。


帝国東征軍先任参謀副官・キイルタ=トラフ中尉は、落ち着いた声で命じる。

「敗残兵を収容しつつ後退。我々も20キロ退きます」


帝国軍の戦局は冴えない。参謀部の人員刷新さっしんも虚しく、イエロヴェリル平原を南へ、南へズルズルと後退していた。


「また退却ですか?」

「総司令部もまた引っ越しか……」

アシイン=ゴウラ少尉ほか部下たちの不平不満のうずのなかに、紅毛の上官の姿は見えない。

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