【11-3】閉塞の朝 下

【第11章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

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【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

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 今朝の軍議も老将の性格よろしく、生真面目に進行していった。


 セラ=レイスは腕を組んだまま両眼を閉じた。単調な議事進行が、再び睡魔を誘発したからである。


 居眠りをしても軍議の内容など、机上にある書面に5分も目を通せば、彼には充分であった。



 眠りの幸せな戸口に立ったレイスは、その刹那せつな、肩をびくりと震わせ、現実へと意識を戻してしまった。


 「自己防衛機能」と言うべきだろうか、背後に視線を泳がせてしまう。


 ――落ち着け、キイルタのヤツはいない。

 口うるさい副官はこの集会所の外で待機している。耳に強烈な痛覚を認識することはなかった。


【5-20】お化け屋敷 中

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【6-11】弛緩 下

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 議題は、損害を出し続けている補給隊の報告に入った。


 草原の国の騎兵による妨害であることは、ようやく帝国軍首脳部の共通の認識となっている。


 建国以前から戦い続けてきたヴァナヘイム・ブレギア両国が、手を結ぶことなどありえん――2カ月前、レイスたちが初めてその事実に気が付いた際は、一笑に付されたものだったが。


【7-6】蹄の印 下

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 それにしても、相も変わらず、長躯して物資をかすめ取ること、ブレギア軍は見事な手際を見せつけてくれる。


 騎翔隊きしょうたいの機動力をもってすれば、隣国ヴァナヘイムなど、ほんの庭先といった感覚に過ぎないのかもしれない。


 輸送隊の壊滅には、小麦粉やバター、砂糖に塩、それに脱脂粉乳が運命を共にした。


 帝国将兵20万人へ安定的に食糧を供給するには、各隊へそれら輸送物資が行きわたらねばならない。



 ――パンの配給がまた滞るのは、しんどいな。


 帝国各隊では、今週に入ってようやく、主食が欠かさず提供されるようになった。


 もっとも、配給されるブラウンブレッドは、ひと回り以上小ぶりであり、以前の状態に戻ったとは言い難い。


 それでも、穀物を3食とも口にできるようになったことで、帝国将兵は沸いた。朝もしくは昼に、それらの欠品する日が長らく続いていたからだ。


 今朝の軍議の席に、珈琲・角砂糖・粉末ミルクが並べられているのは、さすが総司令部といったところだろうか。



 レイスが食糧の心配をしているうちに、議題は、帝国東征軍が置かれている戦況報告に移った。


 従卒たちが、巨大な図面を用意しているのであろう。大判の紙が広げられる音が聞こえたが、彼は相変わらず眼を開けなかった。


 この若い将校の頭のなかには、敵味方の位置から、地形の特徴まですべてが叩きこまれていたからである。



 だが、いよいよ帝国各隊の状況は、芳しくない。


 特に7月20日未明から同24日宵にかけてのヴァナヘイム軍の猛攻を被ってからというもの、ひと月以上経過したいまでも、後手に回りっぱなしである。


 四散した帝国軍右翼について、東征軍総司令部による必死の再編成が実を結びはじめたものの、ヴァ軍もそれを見守っていてはくれない。


 再編を急ぐ帝国軍の布陣が甘いと見るや、彼らはケルムト渓谷から飛び出し、散々に撃ち破っては、再び自陣に引っ込むことしばしばであった。


 このような敵の巧みな動きに、味方は翻弄ほんろうされ続けている。




 とりわけ、エレン郊外での敗北は、みじめなものだった。



 8月16日未明、エレン城塞都市にる帝国軍中央第3師団は、北東方面から接近しようとしているヴァナヘイム軍を捕捉した。


 先日の右翼各隊の惨敗により、帝・ヴァ両軍の攻守・イニシアティブともに入れ替わってしまっている。


 帝国軍・中央第1、第2師団は、イエリン城塞に退く際、ヴァ軍のアルヴァ=オーズとフィリップ=ブリリオート、両軍団による猛攻にさらされている。その火の粉がこちらにも降りかかったというところだろう。


 エレンに接近しつつあるヴァ軍は、つかみで1万8,000――そこには「咆哮する狼」の戦旗が翻っていたが、帝国軍中央第3師団長・ウスナ=ブランチ少将は、大して気に留めることもなかったそうだ。


 総司令官に着任したアルベルト=ミーミルという1人の男が、ヴァナヘイム軍のみならず、外交方針にまで劇的な変化をもたらしたことなど、ミーミルとその周囲だけの認識であり、前線の指揮官が把握していないのも、無理はない。


 もっとも、ブランチ一族は、地味に肥えた所領を有するなど、帝国東岸領でも群を抜いて恵まれた貴族将校たちであった。同家の「雌牛」の紋章は、豊かさを象徴している。


 ヴァ軍将兵の厳しい――総司令官やその幕僚たちまで、手勢を率いて前線に出てこなければならない状況――など理解できようはずもない。


 あの狼の戦旗さえ引っこ抜いてしまえば、ヴァ軍はたちまち瓦解し、この戦役も一挙に終幕を迎えるはずなのだが――そうした事実に彼等が気が付くことなど、夢のまた夢なのだ。



 エレンの街は西面・北面こそヴィムル河という天然の堀が流れている(酷暑のため水をたたえなくなって久しいが)。ところが、北東から南にかけては遮るものがないばかりか、街道都市として門を広く構え、往還に接続していた。


 帝国中央第3師団は2万。兵力はこちらに分がある――ブランチ少将は、エレンは守りに適さないと判断し、城塞を出て平原で迎え撃つ決断を下した。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ミーミルVSブランチの結末が気になる方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「夜襲 ①」お楽しみに。


「父上、敵は夜襲を仕掛けてくるのでは……」

アーダン=ブランチ准将は腕を組みながら口火を切った。


「夜襲か……小癪こしゃくな」

ウスナ=ブランチ少将は、目元に深い皴を刻むと同時に吐き捨てた。


油断し敗れ去った右翼の友軍各隊のように、我ら中央軍の一角を簡単に抜けると、ヴァナヘイムの奴らは思い込んでいるのだろう――この初老の将官にとって、それが忌々いまいましい。

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