【11-2】閉塞の朝 中

【第11章 登場人物】

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 レイスは、心もち歩調を速めた。


 左右には民家と思しき木造の小さな建物が点在している。帝国軍が侵攻する前は、ヴァナヘイム国の辺鄙へんきょうの地域として、顧みられることもなかった村落である。


 蒸し暑さに耐えかね、彼は上着のボタンをすべてはずした。軍服の外側の空気は湿度・温度ともに高く、冷却効果はあまり得られなかったが、気持ちとしては幾分か楽になった。


 この若い帝国陸軍少佐が、3つ目の軍門にさしかかると、防護柵越しの丘の上に、大きな建物が視界に入ってきた。


 形状からして、村の集会所か何かであろう。現在は、帝国東征軍の総司令部が置かれている。


 屋根の上には、黄金獅子の刺繍された帝国大紅旗が掲げられていたが、風がないため翻ることなくしぼんでいる。


 建物の入口では、衛卒2名が敬礼をして扉を開けた。レイスは短く答礼をすると、部下たちと別れ、なかに入った。扉の枠に頭をぶつけぬよう前かがみになりながら。




 室内では、東部方面征討軍総司令官・ズフタフ=アトロン大将以下、幕僚たちが勢揃いしていた。


 老将軍はいつもどおり眼を閉じ、姿勢を正して着座している。


 他の列席者は、紙巻をくゆらせて隣席どうし話をする者、従卒のれたコーヒーをすする者、それぞれであった。


 天井付近に厚くただよう紫煙は、室内の空気のよどみへ拍車をかけているように感じられた。


 若い入室者を認識したのだろう、一様に非好意的な視線が戸口に向けて放たれた。瞑想する総司令官を除いて。



 この若者が最後の入室者であった。彼は、幕僚たちが送りつける鋭い視線を受け流し、懐中時計のふたを開けた。


 日付を表す数字は、帝国暦383年の8月25日を示し、時計の針は午前6時10分にさしかかるところであった。昨晩告げられた軍議開始時刻の20分前である。



 ――これだから、老人たちは朝に強くて困る。


 悪びれた様子をかけらも見せぬばかりか、あてつけがましく大あくびをする最年少士官を見て、将校たちは小声でののしり、舌打ちをするのであった。


「味方殺しの先任参謀が、ずいぶんとのんびりした出仕ではないか」


「予備兵力の隊長ふぜいが、この会議に列席できること自体、おかしいのではないか」



 周囲のそうしたやり取りは耳に入っていることだろうが、上座のアトロン大将は瞑目黙然めいもくもくねんとした姿勢を崩す様子はない。


 実直を絵に描いたようなこの老将は、白髪を整髪油でととのえていた。口まわりからもみ上げにかけて、頭髪と同色の髭をたくわえている。


 酷暑のなかでの戦場生活が長くなったためか、上着の前ボタンをだらしなく開けた者や、腕まくりをした者など、レイスだけでなく幕僚たちの服装も乱れつつあった。


 そうしたなか、アトロンは清潔とまではいえないものの、軍服を正しく着込み、詰襟つめえりまで締めている。



 紅毛の若き将校が席に腰かけると、この最高責任者は、その襟を心もち正した。


 そして、軍議の開始を静かに宣言するのだった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


総司令部室内の空気が悪そうだな、と感じられた方、

レイスは、相も変わらず各隊から嫌われているな、と思われた方、

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「閉塞の朝 下」お楽しみに。


レイスは腕を組んだまま両眼を閉じた。単調な議事進行が、再び睡魔を誘発したからである。


眠りの幸せな戸口に立ったレイスは、その刹那、肩をびくりと震わせ、現実に意識を戻してしまった。


――落ち着け、キイルタのヤツはいない。

口うるさい副官はこの集会所の外で待機している。耳に強烈な痛覚を認識することはなかった。

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