【5-20】お化け屋敷 中
【第5章 登場人物】
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ソル=ムンディルの身柄を確保したのは、軍服の胸に飾緒を下げた若者たちだった。
領主の屋敷を押さえた帝国軍は、総司令部付きでは最も人数の多い参謀部関係者の宿所として、母屋を割り当てたのだった。
城下で一番豪奢な建物を、自ら使用せず
領主から使用人まで城塞
薄暮れ時、無人と思われた屋敷に、突然ピアノの音が鳴り響いたことは、想像以上に彼らを驚かせたようだった。
第1遭遇者たる巨躯の若者が言うには、白いワンピース姿の赤髪の少女を、2階と3階の部屋で続けて目撃したとのことだった。
ソルは、帝国兵の邪魔にならぬよう、部屋を移動しただけだった。せっかく良い感じで弾けていたピアノを中断したのだ。むしろ、少女としては、感謝してもらいたいものである。
ところが、この巨漢の参謀は「少女の幽霊が出た」と腰を抜かしてしまっていた。
蒸気機関が発達した世の中だが、まだまだ科学的に説明できない事象は多い。日々生死の狭間を生きている軍人たちは、そうした場に遭遇することも多く、迷信深さは折り紙つきである。
彼らは「お化け退治」と、大騒ぎになった。
エントランスホールの吹き抜けの上から、帝国軍人たちを見下ろす少女は、頬を膨らませていた。人の姿を見て「お化け」とは、失礼な話ではないか。
帝国語の細かいやり取りは聞き取れなかったが、左目に前髪のかかった士官が拳銃を手にすると、腰の引けた紅髪長身の将校が「お化けに銃弾が効くのか」と本気で尋ねている。
それが、少女にはたまらなく面白かった。
声を出して笑ったのはいつ以来だろう――ソルは分からなかった。
暗闇のなか、吹き抜けに響いた少女の笑い声は、いよいよ参謀部の若者たちを恐怖と混沌に陥らせたことは――割愛する。
ソルの身柄は、屋敷から城下の一軒家に移された。
新居は古めかしく手狭であったが、少女には自室が与えられ、邸内の移動も認められた。
食事は軍さながらの華も味気もないものとなったが、不満はなかった(バー・スヴァンプのママの料理が恋しくないと言えば嘘になるが)。どんなに豪勢な料理でも、父や親族たちとの食卓に提供されると、たちまち無味乾燥なものになっていたからだ。
参謀たちと一緒に食卓に着くことも多くなった。パンやおかずの取り合いなど、帝国東征軍の頭脳集団とは思えないほど、騒がしくて落ち着かないテーブルに驚いたものだ。しかし、それもヴァーラス駅周辺の酒場における喧騒のように、病み付きになっていった。
【5-5】異国かぶれ ④
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帝国軍の参謀たちは総じて若く、活気に満ちていた。
「全軍に発する指令」を練る立場ながら、偉ぶることはなかった。
「全軍が進むべき選択肢」を用意する頭脳ながら、童心も持ち合わせていた。
「お化け屋敷」騒動が物語るように。
少女の身の回りの世話をしてくれたのは、蒼みがかった長い黒髪が特徴の美しい女性士官であった。
灰色の瞳は、感情の起伏を映す機会こそやや乏しかったものの、彼女はヴァナヘイム語に
彼女は話す際、両膝をかがめ同じ視線に合わせてくれる。そのときはいつも、トワレの匂いが少女の鼻腔をくすぐった。
女士官といえば、他にも蜂蜜色の髪をした
参謀部士官のなかでは下っ端のくせに、自分を子ども扱いしてくることが、ソルは気に入らなかった。
下手糞なヴァナヘイム語を聴かされていると、ますます母国のことが嫌いになる……蜂蜜頭に罪がないことは分かっているのだが。
彼らの親玉は、少女のそれよりも鮮やかな紅髪と、長躯が特徴的な青年士官だった。
新居の応接間にある安物のロングソファが気に入ったのか、彼は日がな一日、そこで横になってばかりだった。
ひどい時など、朝食を終えた少女が自室に戻る際に見かけた姿と、夕食のために食堂へ向かう際に視界に入った姿は、まったく変化がなかった。
見間違いかと思い、ソルは行きかけた廊下を後ろ歩きで戻ったほどである。
紅髪将校の
【作者からのお願い】
少女の冒険譚は間もなく終わりを迎えますが、この先も「航跡」は続いていきます。
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ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「お化け屋敷 下」お楽しみに。
少女ソルにフォーカスした5章もいよいよ最終話となります。
紅髪の創り上げる作戦は、旧態依然とした発想を打破したところから始まり、緩急は自在に展開し、常識や定説を覆すところに帰結する。
そこには、まるで冒険譚を読み進めていくかのような、活力と魅力が満ちていた。
そこには、まるでチェスの長手詰めのような、美しく明快な棋譜が生まれていた。
一助を通じて、ソルも彼による「作品」の虜になっていく――。
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