【11-4】夜襲 ①

【第11章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 帝国軍中央・第3師団2万と、ヴァナヘイム軍1万8,000は、エレン郊外の原野にて対陣する。


 ヴァ軍は、低木群ブッシュの向こうに腰を落ち着けてしまった。低木とはいえ、視界が利かず、双方相手の様子がつかみにくい。


 先月まで、陽光から逃れた一部の帝国軍が、このブッシュに拠ったこともあった。ところが、蚊の大量発生に閉口してからは、近づかないようにしている。


 虫の巣窟そうくつであることについては、ヴァ軍ももちろん心得ているようだ。彼等も低木群に入ることなく、一定の距離を保っている。



 2日ほどのにらみ合いを経て、先に動きを見せたのは、ヴァナヘイム軍の方だった。ヴァ軍各隊は、8月20日昼前より動きが慌ただしくなったのである。


 斥候からの新たな報告を受けて、帝国軍中央・第3師団では、ブランチ家家紋「雌牛」の戦旗の下で、同家の父子たちが対策を協議することになった。



「父上、敵は夜襲を仕掛けてくるのでは……」

 長男・アーダン=ブランチ准将は、鍛え上げた腕を組みながら口火を切った。


 昼を過ぎてもヴァ軍が具体的な行動を起こさないことから、この長兄の推測は的を射ていると言える。


 彼等が陣を構えるのは平原である。城塞内に比べ、奇襲を受けた場合の損害は大きくなることだろう。


「夜襲か……小癪こしゃくな」

 父・ウスナ=ブランチ少将は、目元に深いしわを刻むと同時に吐き捨てた。


 油断し敗れ去った右翼の友軍各隊のように、我ら中央軍の一角を簡単に抜けると、ヴァナヘイムの奴らは思い込んでいるのだろう――この初老の将官にとって、それが忌々いまいましい。



「父上、良い機会かもしれませぬ」

 敵の夜襲を逆手に取ってみては――次男・エンレー=ブランチ大佐がつやのある髪を揺らし、具申する。


 兄弟一の秀才たる次男が、立てた策はこうだ。



 夜襲部隊を割いたヴァ軍本営は、手薄になるだろう。


 アーダン・エンレー両旅団がブッシュに拠って敵夜襲部隊をやり過ごす。そして、守りがおろそかになった敵の本営を衝くのだ。


 一方、味方の本営では、父・ウスナ=ブランチ少将、三男・ネーシ=ブランチ中佐が、敵の夜襲部隊を待ち受け、殲滅せんめつしてしまう。



 机上で組まれた「二方面 同時殲滅作戦」は完璧だった。


 ブランチ家の次男が立てた作戦は、手薄になった敵本営を奪うと同時に、闇をいて襲ってきた敵を、逆に包み込んでしまうというものだ。


 中央・第3師団から具申された作戦は、非の打ち所がない。


 右翼各隊惨敗からは、帝国軍は防戦に敗北が続いている。そうした悪い流れを断ち切りたい。脱却したい――中央第1軍司令部は2つ返事で、その上の参謀部もわらにもすがる思いで、その作戦を承認した。



***


 

 レイスは、ここで鼻を鳴らした。


 相手が、こちらの思惑通りに動いてくれれば、それでいい。


 この作戦が決まれば、帝国戦史の教科書にも長らく記載されることになっただろう。


 だが、敵の司令官は、だ――。



***



 8月20日の日没後、両軍は動き出す。


 曇天のため、星はおろか月すらも姿を隠し、あたりは暗闇に閉ざされた。


 帝国軍中央・第3師団からは、長男・アーダン旅団と次男・エンレー旅団が進発した。それぞれ別ルートのまま、松明たいまつ1つ灯さずして低木群のなかに進軍していく。


 低木群生地のなかは、鬱蒼うっそうとした茂みとなっており、闇が濃さを深めた。足元はぬかるんでおり、踏み込むたびに湿度とともに息苦しさが増す。そして、たちまちたくさんの羽虫が耳元に飛来し始める。



 同日21時、エンレー旅団は、はるか彼方、低木群の合間を進むヴァナヘイム軍別動隊を識別する。


 相手も灯火管制を敷いているようだが、数千の足音とわずかないななきは隠しきれない――エンレーたちは固唾を飲んでそれらを見送る。


 彼の任務は、低木群での戦闘ではなく、ここを抜けてヴァ軍本営を急襲すること

だ。


 あの敵別働隊は、ここでやり過ごしても、味方本営において父と末弟ほか各隊によって、押しつぶす算段がついている。


 きっと、長兄アーダンも、この先で吸血羽虫によるに耐えながら、息を潜めているに違いない。夜襲は隠密裏おんみつりの進軍が肝要であり、無電機の使用は厳禁としているため、状況はうかがえないが。


 自分たちはこのまま前進し、敵本営を粉砕するのみ――低木群から先、兄の麾下は北回り・己の麾下は南回りで、ヴァナヘイム軍陣営を目指すことになる。


 事態は作戦通り進んでいる。ブランチ家の次男は、暗闇ながら自らの策に月光が差し込んだような錯覚を認識した。



 帝国軍の別動隊の一角・エンレー隊は、低木群抜けるや、闇夜を切り裂き、ひたすら前進した。


 進軍の過程で、将兵軍馬とも全身汗みどろになっていく。日没後、相当な時間が経過したというのに、気温も湿度も落ち切らないのだ。


 この土地のまとわりつくような暑気には、2カ月経っても慣れることはない。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブランチ家の秀才・エンレーが立てた作戦に、ミーミルがどのように対処するのか気になる方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「帝国東征軍 組織図(略図②)」お楽しみに。


レイス一派は敗残兵とともに追いやられ、戦塵は中央第3師団へ……それらを踏まえ、帝国東征軍の組織図を修正してみました。


予備隊に回されたレイス、ミーミルに挑むブランチ一族などなど、彼等の組織上の位置をご確認ください。

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