最終話 アタシの楽しみ
これはまだあのパーティーに参加する前の話だ。
朝。早寝早起きが習慣のアタシはハルよりも先に起床する。
今日は学園も休みなので弁当の用意をする必要はないが、朝食を作らなきゃならない。ゴムで髪を一つに結んで顔を洗ってパジャマから私服に着替える。
鏡を見ながら軽く化粧もしておく。ハルはすっぴんでも十分だとかいうけど、アタシからしたら冗談じゃない。いつ来客が来るかもわからないし、……好きな奴にすっぴん見せるのはなんか嫌だ。
隣の部屋ではハルがぐっすりと寝ている。いつも夜遅くまで起きて本を読んだりしてるせいで昼夜逆転気味なのはいただけねー。あとで叩き起こすついでに寝顔を観察してやろう。
「よし、始めるか」
二階から一階に降りたアタシはエプロンを着て台所で調理する。まずは米を研ぐところからだ。アタシの実家近くは米が特産品だったからご飯中心の食事だったけど、ハルは城でパン食の生活だったらしい。
パンが嫌いなわけじゃないけど、腹持ちが良くないから毎日は遠慮したい。週一くらいがベストじゃねーかな?
米を炊いている間に焼き魚・玉子焼き・味噌汁も作る。特に拘るのは味噌汁。市販の味噌だけじゃなくて出汁から作るんだ。具材もわかめや油揚げ、豆腐も入れて……完成。
やっぱり和食だな。手に入りづらい食材が多いけど、作り甲斐がある。
器に盛り付け、テーブルの上に配膳する。アタシのところには箸を置くけど、ハルはまだ使い慣れてないからフォークにする。同じ大陸にある帝国のヤマト文化
は有名でこそあるけど普及してるわけじゃねーからな。着物とか和食も珍しいし。
「今度、まとまった連休があったら実家に戻ってみるか?」
アタシがハルの婚約者として暮らしているのは知ってるけど、直接ハルと顔を合わせたことはなかったはずたしな。
「朝食オッケー、新聞も用意してある。食後のコーヒーも準備完了。……さて、起こしに行くか」
ハルはズボラだ。休みの日は誰かが起こさない限りは寝続けようとする。
最初の頃はアタシにビビって早起きしてたくせに、最近は呑気に寝てやがる。警戒すらしなくなってきやがった。
エプロンを脱いで木刀片手に二階へ上がる。部屋のドアに王家の紋章がついているのがハルの部屋だ。
ドアノブに穴はあるけどカギはかかっていない。まるでどうぞ入ってくださいといわんばかりだ。
部屋の中には本や書類の山があちこちにある。学生ではあるけど、今の内から外交や内政に関する仕事もちょいちょいしてるようで、その資料がいくつもある。
「ったく、この間片付けたばっかりなのによぉ。整理整頓はきちんとしろよな」
城にいた頃はお手伝いさんやメイドがしてくれたようだが、この家では二人だけだ。自分の部屋くらいは自分で片付けるのがここのルールだ。
汚部屋の主人はというと、すやすや寝息をたてながら毛布にくるまっていた。
枕元に座って、ハルの寝顔を眺める。
男のくせして髪の毛はサラサラだし、まつ毛も長い。首元は細い鎖骨が浮き出てる。もっと飯を食わせて太くしないとな。
「えへへへ」
中々ハルが起きないのをいいことに、ちょっかいをかける。
つんつん、つんつん。
まだ起きない。
じゃあ、今度はギリギリまで近づいてみる。
鼻と鼻がくっつきそうな距離。寝息がアタシの顔に当たる。
もう少し近寄れば口が触れる。……でも、最初のキスってのはお互いが起きてる時がいい。
だから、前髪を掻き分けておでこにする。ファーストキスとしてはノーカンだろ。
「ハル〜、起きろよ」
自分でも甘ったるいくらいの声を出しながら、少し強めに頬を突く。
「……んっ」
もぞもぞしながら寝返りをうつ。この寝坊助め。
一人用にしては広いベッドに隙間ができた。
この隙間に寝転んでハルと同じベッドで二度寝をしたい欲が出てくるけど、アタシはまだ嫁入り前だし、ハルとの婚約はあくまで家同士の取り決めだ。
そういえば、まだ直接ハルの口から『婚約してくれ』とか『好き』って言われてない。可愛いとか綺麗だとかは言われるんだけどな。
アタシはそんな恥ずかしいことは言えねーけど、人並みに言ってもらいたいって気持ちはある。
………ハルだし。期待しないで待っとくか。
さて、そろそろ起こさないとせっかく作った朝食が冷めちまう。木刀構え。
ビシッ!(木刀でクッションを叩く音)
「おらっ!朝だぞ起きやがれ!!」
「ふぁ、ふぁい!おはようございますヒビキさん!」
「おう。朝メシできてるからさっさと顔洗ってきやがれ!」
「わかりました」
実家で母ちゃんがしてた起こし方はハル相手にも効果絶大だ。寝坊助は大きな物音たてなきゃ起きないからな。これで起きなかったらフライパンとおたまの出番だ。
慌てて飛び起きたハルはバタバタと洗面所に走っていく。
今日も楽しい一日になりそうだぜ!
最悪な悪役令嬢と婚約しました。誰か助けて下さい! 天笠すいとん @re_kapi-bara
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