第7話 そして二人は
パーティーの翌日。
僕とヒビキさんは城に一泊した。
白目剥いて口から泡吹きながら失禁して気絶したランスロッドはまだ意識を取り戻していない。
兄の無様な姿を見たくないかと言われれば少し見たいし、ザマァとも思うが……股間にあの一撃はエグいとしか言えない。
「うむ。二人共揃っておるな」
現在、僕らは城の応接室にいる。二人並んでソファに座り、対面には父上がいる。
「まず、ヒビキ・ディーンハイム伯爵令嬢」
「は、はい」
「昨晩はすまなかった」
そう言って父上が頭を下げた。
「あのバカ息子が君に迷惑をかけた。父親として謝る。本当にすまなかった」
「か、顔を上げてください!ただの小娘相手に陛下が頭詫び入れるなんて」
「そういうわけにもいかんのだ。ランスロッドがあそこまで横暴に育ったのは儂の教育がなっていなかったからだ。自由にそして王として相応しく育てようとはしたものの、あそこまで我儘になるとは……。妻が死んであとに忙しいからと育児を疎かにしてしまったせいであろうな」
うーん。そこは父上だけせいじゃないと思う。母上が生きているときもランスロッドはよく叱られていたし、我儘だった。
原因があるとすれば周囲の人間が強く注意できなかったせいだろう。家庭教師や僕も。
「本当にもう大丈夫だから……です。アタシは蹴り飛ばしてスッキリしたから問題ないです」
「それだよ。父上、ヒビキさんがランスロッドを気絶させた件。不敬罪とかにならないよね?」
「もちろん、なるわけなかろうが。むしろ逆にランスロッドの方を牢に入れるべきだろう。あの場にいた貴族たちにも説明はしてある。それにハルルートの婚約者だ。身内同士の喧嘩という扱いだ」
よかった。今でこそ平気な顔してるけど、昨晩はヒビキさん顔を真っ青にして心配してたから。腹切りとか死んで詫びを……って結構真剣に考えていたのを止めるのには苦労したよ。
カッとなって行動したせいで実家の家族に迷惑をかけたー! なんて言ってたから。
「ただ、ひとつ問題がある」
「問題? 何かあったの父上?」
何か思い悩んだ顔で、凄く言いにくそうに父上が告げる。
「命に関わる怪我ではないのだが………ランスロッドのアレが使い物にならないだろうと」
「アレ?………昨日の回し蹴りのアレ?」
「あぁ。アレが使い物にならないのであれば血縁を残すという意味でランスロッドは王位継承から外れることになるだろう」
「なぁなぁ、ハル。アレってなんだ?」
ヒビキさんがいるから言葉を濁してるのに本人がそれを聞きますか? 袖を引いて聞いてくるのはかわいいけど今は勘弁して欲しい。
「ヒビキ嬢。アレというのはナニのことだ」
「パパぁ⁉︎ 何言ってるのあんた!」
この親父、誤魔化し方が下手くそ過ぎるでしょ。
気まずい二人の雰囲気から何かを察したヒビキさん。口をパクパクさせた後にタコみたいに顔を真っ赤にして俯いた。
「……ごめん」
「ヒビキさんは気にしなくていいから!全部悪いのはランスロッドのせいだから!ね?元気だして」
羞恥で顔は赤いままだけどなんとかヒビキさんは持ち直した。
それでなんだっけ?
「だから、ハルルート。お主が儂の跡を継げ」
「は?……僕に王になれってですか?」
「そうだ。まぁ、不能になろうとならなくても昨日の態度や言動のおかげでランスロッドを王にしようとする派閥が解散になってだな。少数いたお主を推薦する派閥が活性化したのだ」
どうやらランスロッドは国内の貴族をほとんど敵に回したらしい。今まで派閥の筆頭だったエスメラーダ令嬢の父親であった公爵が鞍替えしたのだ。当然の帰結といえる。
「それにだ。お主は昨日、ランスロッドに威勢良く立ち向かっただろう?あれこそが儂がお主に求めていたものだ。自主性が無かったり影に徹するのも悪くはないが、それだけでは王は務まらん。ヒビキ嬢との婚約はお主にとってプラスに働いたようだ」
口角を上げ、微笑む父上。
いつ以来だろうか、父上に褒められたのは。
「だからどうだ?国王になる気はないか?」
「はぁ………。元々から第一王子に何かあった時のための教育はされてきました。なら、王族としてその役目を果たしましょう」
乗り気ではないし、出来れば遠慮したいんだけれど、過去の僕じゃなく、今の僕ならどんな大変なことでも出来そうな気がする。
「なんだよハル。こっち向いてニヤニヤして」
「いやね。やっぱり僕ってヒビキさんの事が好きなんだなぁって再認識したところ」
「ばっ⁉︎ ばばば馬鹿じゃねぇの! お義父さ……国王様だっているんだぞ!いきなりな、何言ってんだよテメーは!しばくぞ!!」
「ヒビキさん。口調が素に戻ってるから、落ち着いてよ」
わーわー騒ぐ僕のお姫様。
叩かれる肩が尋常じゃないくらい痛いけど大丈夫だよねこれ?
「ハルルート。よき婚約者を見つけたな」
「最悪な悪役令嬢とか言われてるけどね? ……ちょっとヒビキさん勘弁してよ!誰か助けて下さい!!」
これは最悪な悪役令嬢と婚約した僕の物語だ。
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