第9話
採寸の終わったあとの話は大体聞いた内容と同じで、学校長の言葉でしめられその日は終わり、寮に戻された。いや、寧ろ俺にとってはこれからが本番なのだが。
「篠川、政府まで一緒についてきてくれ……」
「ダメだよ、小鳥遊さんが呼んだのは君でしょう? 案内するならいいけど……勝手に僕も来たら怒られちゃうよ!」
案内するならいいのか……優しさに感謝しながらなおも食い下がる。寮内とはいえなぜ俺がこんな無様をさらしているのかというと……このあと、小鳥遊さんの特別訓練とやらを受けるからである。
いやそりゃ、出来るだけしたくないけど、やらなきゃいけないのはわかってる、わかってるよ? でもそれと恐怖は違うだろ!!
「な~! たのむよ~!」
「だーめ! 僕も明日のために準備があるし……明日一人も倒せなかったら退学なんだよ?」
「……は?」
は?
ぽかんと口を開けた俺に篠川が知らなかったの、と声をかける。
いや、全然知らなかった……ぼーっと声に出せば流石に知識のなさに危機感を覚えたのか説明してくれる。
「前の推薦による入学って、じつはまだ序章にすぎなくて……単位を取れなかったり、明日の試験で一人も倒せなかったりした人は容赦なく落とされるんだ。つまり、僕たちにとって受験の日は明日なんだよ」
「……ええええええええ!? マジで!?」
「本当」
し、知らなかった……叫んだ俺に驚かずに、篠川は話を進めていく。曰く、事前に武器の準備はオッケーであること。曰く、なにしてもいいからノックアウトしなきゃいけないこと。
「だからその準備を僕もしてるんだ。僕も頑張るから、頑張ろ!」
「……わかった……」
要するに俺がしようとしていたことは、篠川があれだけ入りたがっていた学校への受験準備の邪魔だ。
怒鳴られても文句は言えないことなのに、篠川はあくまでも優しい。知らなかったとはいえ俺が最低すぎるな……
「うん! じゃあ頑張ってね!」
「あ、あぁ……行ってくる……」
優しく笑って手を振ってくれる篠川に手を振って、軍服のままふらふらと政府に向かう。とても近いのであっさりついてしまった。無理、緊張が半端ない。
ドデカイ扉にまず圧倒される。しばらく呆けて、小鳥遊さんの姿を探した。
……あ。
「小鳥遊さん!」
「早かったな」
「いや寧ろ遅かったと思いますけど……」
政府近くの木に寄りかかっていた小鳥遊さんに声をかけて近付く。ちょっと分かりにくいなこの場所……
「確かに来るのは遅かったな。おおよそ逡巡していたのだろう」
「うっ……その通りでございます……」
「だが、私を見つけるのは早かった。なぜ見つけられた?」
小鳥遊さんにはなにもかもお見通しらしく、逡巡は普通に流されて次の質問にいかれた。
何故、と言われても……
「俺、こういう間違い探しみたいなの得意なんです。それに小鳥遊さんは凄く綺麗で目立ちますから、何処に居たって見つけられますよ」
「……お前、そういうことをいろんな人にいってたんじゃないか?」
「え!? まさか、小鳥遊さんくらいにきれいな人にしか言いませんよ! それに」
「何だ」
小鳥遊さん以上にきれいな人を見たことない、というのは口説き文句だろうか。口説かれなれているとは思うが、できるだけ不快な思いはさせたくない。
「何でもないです! それより早く! 稽古つけてください!」
「そうか。気合い充分なようでなにより」
不自然な沈黙にも疑問はないようで、小鳥遊さんは表情を変えないまま、ふわりとマントを翻し歩いていってしまう。俺はその背中を小走りで追いかけながら、恐ろしいであろう稽古に思いを馳せた。
昨日も来た部屋に着くと、プレゼントはいつのまにかどこかにいっていた。
「あれ、昨日の奴は……」
「あぁ、飴は書類仕事のお八つに、かすていらは葉花と、たくさん入っているお菓子は部隊長の会合でお茶請けとして使わせてもらった。手入れ道具は道具いれに」
「……へぇ……」
当然のように消費していく小鳥遊さんに、佐奈の言っていた『推しが自分の送ったものを使ってくれているだけでうれしい』という言葉を思い出した。
成る程、そんな理論知らずとも当然のように貢がれ癖をつけてしまうところが小鳥遊さんらしい……
「今から使う防具だ。明日再起不能になりたくなければ重さになれておけ」
「はい! って、おもっ!」
ぽいっと軽く投げてきた武具をキャッチすれば普通に重かった。何だこれ、十キロはあるんじゃないか!?
小鳥遊さんはそんなリアクションは気にせず動きやすいようにだろう服を脱いでいく。
ぱちぱちとひとつずつはずされるボタン、そのしたからは少しだけはだけたシャツ。
肩の軍章を外してマントを下ろせば、ベストのボタンがはずされているからかかっちりとしたこの人ではあり得ないくらいに乱れた軍服姿。
するりとベストを脱ぎ、勲章を傷つけないようにかそっとマントとベストをコートかけのようなものにかける。
最後の仕上げとばかりに目深に被った軍帽を外すと中にしまい込んでいたらしい髪がぱさりと落ち、それを鬱陶しそうに、しかし優雅に首をニ、三度振って整える。
真っ白でまろい頬と少し開けた口があどけなく、羽毛のような緑の長いまつげが瞳を覆い隠し、柔らかそうな新緑色の髪が光に透かされいっそ幻想的だ。
伏せていた目をスッと開き、冷たく硬質なエメラルドがこちらを見据える。ついどきりとして固まっていると、俺の手に変わらずある武具についと大きな目を移す。
「そうか、武具の付け方がわからなかったのか」
「あ、いやその、はい……」
「返事は簡潔に」
「はい」
あっさりとした凛々しい声はよく聞けば成人男性の声だが、つい見惚れてしまうほどの美しさが小鳥遊さんにはあった。
もちろん武具の付け方は解らないが、そんなこと忘れ去るどころか意識する前に小鳥遊さんに見惚れてしまったのだ。
「今回は少し時間がない。教えている暇はないから、おいで」
「はい……」
ちょいちょいと指で来なさいと示す小鳥遊さんに逆らえずふらふらと近付いてしまう。いつも厳格そうな雰囲気を出している彼のおいでは反則である。
小鳥遊さんの小さな手が素早く動いて武具をつけていく。どこもかしこも重いが、命を守るものと思えば寧ろ頼もしい。
「さて、始めるぞ。これをもて」
「あ、は……これなんですか!?」
「真剣だ。お前のものだから、気にしないでいい」
終わったとおもったら手に刀を握らされた。驚く俺をよそに小鳥遊さんはすたすたとプレゼントをおいてあるらしい部屋に行き、ごそごそとなにかを探したあと戻ってきた。
手に持っているのは……
「え、あのそれ、さとうきびでは……?」
「そうだが」
「えっと、どんな訓練するんですか?」
「私とお前が斬りあう。私はさとうきびを使い、お前は真剣だ」
パァン! と小鳥遊さんが自らの手にサトウキビを打ち付けものすごい音を出す。サトウキビそんな破裂音ならない。
もしかして真剣と言いながら木刀なのだろうか……持たされた刀を鞘から抜いてみる。
「ちなみにそれは私を担当していた刀工に頼んだ為よく斬れる」
「ダメじゃないですか!!!!」
確かに鈍くどころかギラギラと光っていた。これが斬れないと言われたらとんだ見た目詐欺である。そして小鳥遊さんはそんなどっきりは仕掛けない人。はいQEDこれはよく斬れる真剣です。
「こんな、こんなん装備の差がありすぎますよ! 小鳥遊さんが怪我したら……」
「未熟者が傷ひとつつけられるわけないだろう」
「確かに!!」
認めるのは悔しいが小鳥遊さんに傷ひとつつけられる自信はない。
「わかったなら行くぞ。強情なのか素直なのか……いや、素直すぎるのか」
そうして贈り物部屋の隣にある扉を開ける。さっさとおいていこうとするので俺もついていった。
いや、驚きはしなかった。まぁありそうだなとは思った。思ったんだが……
「何でここ外なんですか!?」
「屋外を想定して作っているだけで室内だ」
広がっていたのは土間のように土の敷き詰められた簡素でだだっ広い空間で、何故か恐らく半分くらいは森におおわれていた
「す……すげぇ……」
「呆けていないで始めるぞ。付け焼き刃だが、一人程度は倒せるだろう」
「はい!」
サトウキビを構えた小鳥遊さんがかかってくる。わざとゆっくり動いていたのか視認はできた。
いつもなら自分の能力だと思い上がっていたが、目にも見えないデコピンを着込んだ状態で繰り出せる人間が軽装でもっと早く動けないわけがない。
まぁ、視認できただけなんだが。
パシィン!!
「っだ!!」
「このくらいも避けられないなら一人も倒せないぞ」
「うっ……すいません……」
サトウキビが額に炸裂する。普通にいたい。ハリセンくらいだと思ってたのに普通にもっといたい。
今度はやられる前にと斬りかかる。すっと一歩足を踏み出して避けられたあげく足を引っかけられて転んだ。
「っだ! そんなのありなんですか!?」
「当たり前だ」
そういえば何でもありって言ってたな……跳ね起きて殴りかかるフェイントをかけ真剣を突き刺そうとするとパシンと衝撃の後また転んでいた。な、何で!?
「ふぇいんとは良いが、力を利用されて転ばされるならまだまだだ。体幹が必要だな」
体を捻って斬り払う
「しゃがむか下がるかしたら避けられる。当たれば痛いが命中率は低い上体を無理矢理ねじるから痛いだろう。怪我になれてないうちは無闇にやるのはおすすめしない」
走って近づいて突いてみる。あっさりとんで頭を蹴られた。
「刀を使うときに突くな。抜けなくなると死角をさらすのはお前だ」
アドバイス通り思いきり刀を振り下ろす。サトウキビが脇を思いきり打った
「脇が甘い。怪我していいところしかさらすな」
「がむしゃらになっている。冷静さを崩すな」
「息を乱しながら動こうとするな、間合いをとれ」
「刀の間合いを把握しろ!」
「飛び退り方が甘い!」
「動きが遅い!」
「籠手を……」
「武具の場所を……」
と、ありがたいご指導をぶっ続けで四時間。流石に限界が来て休憩中、今朝会った東陵玲央とやらの話を聞いてみた
「東陵……あぁ、あの入学生代表か」
「しっ……てる……ん……ですか……」
「当たり前だろう。生徒名簿は把握している」
相変わらずチートなことを言う小鳥遊さんは、白いシャツに黒のズボンというシンプルな服装をしていた。左手にはサトウキビが装備されていた。
かたや俺は軽装とはいえ所々に籠手等の防具、よく切れる真剣を装備している。
だが小鳥遊さんの前にはそんな装備の差など誤差に等しいのか普通にフルボッコにされた。俺はボコボコにされすぎて限界が来たため地に倒れ伏し、小鳥遊さんは息ひとつ乱していない。
「そう、確か強欲が義援金が多かったとかなんとか言っていたな」
「おか……ね……?」
「そうだ。あぁ、だからといってあの順位は金ではない。あの男はなかなか見どころがあるな。よく教育されているのだろう」
一瞬心に浮かんだ疑念を瞬時に小鳥遊さんが晴らす。ただしとっても嫌なことを聞いてしまった。
この、表情ひとつ変えずあっさり人をぼこぼこにする小鳥遊さんが認めるのだ。大層強い人間に違いない……
「あ……した……あたりたく……ないなぁ……」
「ほう? 逃げるのか」
「ぁっ」
まずい……! 俺のよく見る小説ではこういうとき逃げる発言をする人間は怒られるものだった。
これ以上呆れられたくない! だがいってしまったものは仕方ない、息も絶え絶えな状態では弁解も無理だ。体力のなさを恨む。
コツコツと近付くブーツの音に身を縮こまらせていると、小鳥遊さんがしゃがんで手を伸ばしてきた。
ぎゅっ! とめをつむったが、暗闇を感じてしばらくしても衝撃が来ない。
「……?」
「相手との実力差を理解し逃げることは大切だ。命は何にも代えられないからな」
よくできました、といわんばかりに額に小さな手が置かれ、ぎこちなく撫でられる。
ポカンと目を見開いていると、しばらく撫でたあと、小鳥遊さんはまた立ち上がる。
冷たく硬質だが、決して人の情を忘れないエメラルドの目が少し細まった、ような気がした。
「さて、再開するぞ。一人は倒せないと退学だと言っただろう」
「……は……はい!」
「返事は簡潔に」
「はい……!」
もしかしたら、この人はとんでもなくお人好しで、とんでもなく優しい人なのかもしれない。
現在進行形でぼこぼこにされているくせに、俺の心に浮かんだのはそんな優しい疑念だった。
帝都と大罪 蝸牛 @6527
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