第8話

小鳥遊結城という人は、俺が見た限りでは、誠実であり堅物と呼ばれる部類だと思う。

秩序を重んじ、堅苦しく制服を着て背筋をピッシリ伸ばす姿を見ればそれは容易に想像できるだろう。

新入生説明会後の制服採寸中、壇上に上がり体育館中の視線を集めた小鳥遊さんの姿に思いを馳せた。

混乱、尊敬、畏怖―――嫉妬

いろんな感情がごちゃ混ぜになって、間抜けにもポカンと口を開けっぱなしだったような気もする。

動かないでください、迷惑そうに採寸役の人に言われたので動きを止める。体育館でそのまま始まった制服の採寸は中学生の頃を思い出してちょっとむず痒かった。

するすると手早く動いていく巻尺の紐がある程度体を這い終わったら、お疲れ様ですと声をかけられた為体をどかす。どこに行けば良いのだろうか。手持無沙汰にキョロキョロしていると、それに気づいた篠川が駆け寄ってきた。

「仙波くん!」

「篠川! 採寸もう終わったのか?」

「うん、さっき終わったよ。それより早く行こう、次は明日のテストについての説明だよ!」

さすがは篠川だ。聞く前に何もかも教えてくれる

「うん、ありがとう。篠川は頼りになるな」

「えへへ、そんなことないよぅ」

身をくねらせて照れる篠川。実家のサブロー(柴犬)を思い出した。

ついつい撫でそうになって手を引っ込める。まてまて、相手は男だぞ。

篠川が少し先を歩き、俺はそれにあわせて歩く。回りを見るとまだ採寸が終わってない人たちは結構いた。皆期待に顔を輝かせている。

「なぁ、ここって士官学校だよな」

「うん、そうだよ!」

「ならその、軍人……になる奴も、居るのか?」

ぱちくりとまばたき。

「当たり前でしょ? 戦場で死ぬことこそ、帝国男児の誉れなんだから!」

当然のように言われた。

戦争系のネット小説で、昔の日本を皮肉るような内容のものでよく見た言葉。読んでいるときはなんとも思わなかったが、友人となった人間からそれが飛び出すと確かにダメージを受ける。

「……そっか」

「もしかして……、君の世界では違うの?」

「……うん」

二人とも無言だった。

友達だし、世界が違えば価値観も違うんだから応援してやりたかったけど、どうしても頑張れよなんて言えない。

俺の価値観がおかしいのか、向こうがおかしいのか。

この世界では、俺だけが異端だ。


長い廊下と階段を移動した先はこれまた大きな教室だった。因みに俺はぜぇぜぇと息切れしているが、篠川はピンピンしている。

「……これからやってけないよ? 大丈夫?」

「……だ、大丈夫……」

額面通りに言葉を受けとれば皮肉だが、単純に心配してのことだと目が語っている。

息を整え、辺りを見渡す。

広いし、大きい。整然と並べられた机はよく磨かれ、どの席に座っても先生の顔がよく見えるよう階段状の構造となっている。

「凄いな……」

「この士官学校の自慢のひとつなんだって」

「へぇ……」

「ここは敷地が広いからね、贅沢に土地が使えるんだって」

どうしたんだ篠川急に主人公の隣でアドバイスするモブみたいになって。俺はさっきの階段と小鳥遊さんのチートさによって主人公の自信を打ち砕かれたから今さら主人公扱いしなくとも大丈夫だ。異世界転移して調子に乗ってたんだろうな俺は。

説明したかったがグッと飲み込む。不思議そうにした篠川になんでもないと説明し、いろいろ見てみようと提案して移動しようとした―――

ドン!

「いたっ!」

「篠川!」

誰かにぶつかられ、篠川が尻餅をつく。急いでしゃがんで怪我はないかと聞くと、頭上から声が聞こえてきた。

「あっれ~ごめんごめんおでぶちゃん。大きすぎてぶつかっちゃった~」

嘘だ。相手がぶつかりに来たのをしっかり見ていた。

「なんだとっ!」

「あれ、いたんだ体力ヘボくん」

「うっ」

いきり立って反論しようとしたが、追い打ちをかけられ口をつぐむしかなくなった。確かに俺は体力がない。元の世界では平均なんだがな

黙った俺を見て、相手はさらに調子に乗ったらしく良い募った。

「そもそもさっきので咄嗟に受け身もとれないなんて軍人向いてないんじゃないおでぶちゃん。体力ヘボくんなんて言うまでもないね。何でここに来たのさ?」

にやにやと意地汚い笑みを浮かべる相手。ふわっとした金髪に緑の目と、見た感じは天使のようだが中身はクズだ。

それに、顔がよくとも小鳥遊さんのように圧倒的な美というわけでもなく、可哀想なくらい中途半端な男だ。

……そう思うとなんか可哀想になってきたな

「……いこう、篠川」

「……うん」

俺は心が広いので乱闘したりはしない。おきれいな顔に傷がつかなくて良かったな。

てを引いて金髪から離れると、声が聞こえない辺りになって篠川がほっと息をはいた。

「こ、怖かったぁ……」

「そうか?」

「当たり前! って、君はしらないかぁ」

篠川の方が断然癒されると考えていると、ぽやっと笑顔になって金髪について説明してくれる。

「さっきの人は東陵 玲央。成績優秀者で、入学生代表だよ」

要するに、入学生の中で一番成績を納めてるってことさ。

成績って何かって? ここに入るまでの軍人としての活躍回数だよ

うん、戦場には出られるよ。親のコネさえ使えばね

篠川が笑顔で話す内容に、論理感の差やさっきの自分の行動の危険性を察知し気絶しそうになったのは言うまでもなかった。

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