第7話 新入生説明会
「えー、新入生の皆さん、入学おめでとうございます……」
初老に差し掛かったあたりの、校長らしい男が弱々しく入学への言祝ぎを贈ってくれる。
無駄に広い体育館らしき場所、大きなステージをじっと見上げる。
つい最近入学式を乗り越えた学生にとっては、無言で姿勢を正しお言葉を聞くという行為は余裕のよっちゃんである。
聞いているようでありながらほとんど聞き流す。目は自然と時計に吸い寄せられるが、残念ながら五分と進んでいない。
「えー、わたくしの若い頃はですね……」
いや誰も興味ないから~!! 脳内でだけ叫んで、さも興味あります風に装った。
さて、俺が今ここで姿勢を正している経緯を説明しよう。
遡ること三時間前……
転移三日目の早朝は、俺の叫び声で始まった。外の小鳥がバタバタと羽をはためかせ逃げていく。
小鳥遊さんに見られたら近所迷惑だと叱られかねない大声だったが、幸か不幸か小鳥遊さんはここにいない。
代わりに、小鳥遊さんに似ても似つかない太った男が目の前で眠っていた。
「えっえっ、だ、だだ誰!?」
「う、うぅ~ん……」
一人パニックになって後ずさると背中に壁が当たった。目の前の男は今にも目を覚まさんとしている。
唸り声を上げながらのそりと起き上がる男に、俺は二度目の叫び声を浴びせた……
「うっ、うわぁぁぁぁああああ!!!」
「わぁぁぁぁああ!!?」
ドシン!
地鳴りのような音がして、部屋が揺れる。固く目を瞑って衝撃に耐えようとするが、待てどくらせど衝撃はやってこなかった。
一体何が起きているのか……そろそろと瞑っていた目を開けると、男は居なくなっていた。ベッドの下から唸り声。
「いたたた……」
「えっ」
さっきの大声で驚いたのか、男がベッドから落ちていた。
「も、もうビックリしたよ……あ、そういえば大丈夫だった?」
「は?」
心配そうな声に間抜け声で返した。
男は、ふにゃりと人の良さそうな丸目を垂れさせた。
「昨日、泣いていたみたいだったけど……」
そこで俺はすべての事実を悟り、三度目の絶叫を響かせた。
男の名前は篠川静樹。丸々としたフォルムから想像できる通り良いとこのお坊っちゃんである。気弱で思考はお花畑だが悪い男ではなく、寧ろ初めて会った上急に泣き出した男(俺)を宥め寝かせて介抱したあげく、翌日に大音量の叫び声で目を覚まさせられてもそのせいでベッドから落ちても怒ることなく「ビックリするよね」で済ませる心優しい奴だった。
「篠川、本当に昨日は申し訳ない……今日も……」
「ううん。こっちこそごめんね、ベッドがひとつしかないとはいえ、急に知らない人がいたらビックリするよね」
軍服を着ている途中に話しかけ、謝る。シャツのボタンを止めるのに苦労していた。
「それに、何かあったから泣いちゃったんでしょう? 今日は元気そうで良かった」
人の良い笑顔でこちらの心配をしてくれる篠川に、多大なる癒しをもらった。
男に癒しをもらうというと変だが、怒ることがなさそうなほんわりとした笑顔といい、柔らかい茶色の髪といい、まんまるの体型といい、実家で飼っていた柴犬のサブローにそっくりなのだ。
「篠川も士官学校生なのか?」
「うん。君も?」
「うん。小鳥遊さんに入れって言われたんだ」
「小鳥遊隊長と知り合いなの!?」
「知り合いというか、先日保護してもらったというか……」
へぇ、と篠川は感心したように目を見開く。
「なら、孤児だったの? 明るく振る舞えるの、すごいね」
字面にすると皮肉のように見えるが、篠川は心の底から感心していた。多分彼は人が生きているだけで褒めてくれるタイプの人間なんだろう。癒しだ。
「いや、孤児というか……」
「ん?」
篠川の目はあくまで優しい。何もかもを受け入れる器のようにも見える。例えるならそう……保育園の先生だ。
「……信じられないと思うけど」
俺は心細かったのだ。小鳥遊さんも居らず、知り合いも居らず、これから友達ができても隠さなければいけない秘密を抱えることに、辛さを感じていた。
だから、ポロリと話してしまったのだろう。
……篠川は静かに聞いてくれた。遮ることもなく、ぽつぽつとこぼす言葉を拾い上げてくれる。
―――暫く話して、そんなに長くもない俺の話が終わる。
ちらりと伺うように篠川を見れば、困ったように眉を下げていた。
「急に話して、ごめ」
「大変だったね……!」
謝ろうとした俺を遮り、篠川は俺の両手を握った。
はたはたと手に水がこぼれる。何だと顔を上げれば、篠川の目から流れる大粒の涙。
「おかしな世界に飛ばされて、お母さんとも友達と離されて心細かっただろうに、泣かないで耐えきれたのは凄いよ! ぼくだったら泣いてその場から動けなくなるのに、君は行動力があるんだね!」
有言実行とばかりに篠川は泣き続ける。
「……信じて、くれるのか?」
「当たり前だろ! 昨日の君の泣き方とか、今の話し方とか、嘘じゃないように見えるもん!」
断言されてしまった。
普通こんな話を急に、しかも出会ったばかりの人間にされたら引く筈だ。
それをどうしてか、篠川は泣ける。目の前の人の悲しみを思って、自分も深く傷ついてくれる。
そういう人は周りに居なかったなと、初めて異世界転移したことに感謝した。
「―――各部隊隊長からの祝辞」
アナウンスにはっと意識を戻す。危ない危ない、軽くトリップしていた。
柔らかなアナウンスが言葉を刻む。
「"色欲"隊長――葉花 野菊」
はぁい、とえっちなお姉さんみたいな声がして、金髪グラマー美女がステージに上がる。歩く度に豊満な胸が揺れて……正直に言って、すごくエロい。
「新入生の皆さん、この度は入学おめでとうございます。私は色欲部隊隊長、葉花野菊と申します――」
でも祝辞は普通だった。色気のある声だが、真面目にきちんとした祝辞を述べられる。
しかし、この部隊長? というのは偉いのだろうか。隊長と呼ばれている人物が壇上に上がる度に漏れる感嘆のため息からして、尊敬されるような人物で間違いはないのだが。
「……以上だ」
嫉妬の隊長らしいかっちりとした銀髪七三メガネの人が話し終わると、あと残すところは強欲と傲慢だけだ。
「"強欲"隊長――笠木 千変」
「はいな~」
軽い声でたったっと壇上に駆けあがるダークブラウンのマッシュルームカットと糸目の男性。
「初めましてや、皆さん。おいは笠木千変いいますぅ。漢数字の千に、変化の変でちへん読むんよ。どうぞよしなに~」
軽い。ひたすら軽い。
へらへらと進んでいく自己紹介をジト目で見ていると、急に笠木とやらが頭を押さえた。
ビシィッ!
「あたっ!」
頭というか……でこ? 笠木は痛そうに顔を歪めたあと、態勢をたて直す。
「見えた人は見えたんかな? 今我らがリーダーにでこぴんされたんよ~。酷いお人やよなぁ。おい達にリーダー何て本来はおらんのやけど、最年少で隊長の座について、現在最年長のあんお人はおい達全員の憧れなんよ~、野菊なんて、あん人に憧れて軍人になったもんな~あ、リーダーは次出てくるで。心配せんときぃや」
祝辞よりリーダーとやらについての話が長い。会場をまたか、やれやれ、といった雰囲気が包んだ。なんだあの人……
結局でこぴんされてからはリーダーの事しか話さず、笠木とやらは帰っていった。そもそも見えない速度のでこぴんって何だ。それはほんとにでこぴんなのか。
ある程度空気が緩んだところで、アナウンスが掛かる。
「"傲慢"隊長―――」
カツ、カツ、と。聞き覚えのあるブーツの音が聞こえてきた。
「―――小鳥遊 結城」
幼い姿だからネクタイのサイズがないらしく、少し着崩されているシャツに、かっちりと着こんだ軍用コート。出会ったときはしていなかったマントと、会ったときより豪華なブーツ。キラキラとした勲章達を胸につけ、輝かんばかりの真っ白な肌には一切の緊張ものせず、高価なアンティーク・ドールのような美しさを崩すことなく現れた、俺の保護者。
「初めまして、新入生の皆さん。入学おめでとう」
よく通る声で、傲慢の隊長――小鳥遊結城は祝辞を述べ始めた。
Q.俺を拾ってくれたらしい小鳥遊さんって何者?
A.日本にある軍隊のトップ。目にも見えない早さででこぴんが出来る
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます