第1区 3日目-1『集落』
「んで?今日はどこに行くんだよ?」
朝食の炙りダコの足を噛みながら少年は私に聞いてきた。今日はどうするか。食糧調達にでも行こうか。毎日の日課である食糧と飲み水の確保。大体はこれで一日の大半は終わる。
「そんだけかよ?なんかの研究とかやってねぇのかよ?」
研究と言われて私は小首を傾げた。私は何も追求や究明を生涯としていないし、そこまで好奇心旺盛ではないからだ。
「なんだよ……てっきり外に出てあんだけ色々知ってんだったらてっきりあいつらをなくす研究でもしてんじゃねぇかって思ったのによ」
奴等を絶滅……考えたこともなかった。確かに彼らはとてつもないほどに強大な力を有しており、恨みがないかと言われれば全くないわけではない。
しかしそう言った種類の憎悪や憎しみといった「感情」よりも、次第に生き残りたいという、原初の「欲望」と言える様なものしか残らなくなった。私が彼にとって物知りの様に見えるのは、彼が知っている世界とは別の世界の知識を私が数多く知っているからだろう。
私はそう言いながら蛸足をもう一本彼に渡す。彼は少しばかり不満げな表情を浮かべながら蛸足を受け取った。
私の日課のうちの一つ、食料調達。これにはいろいろな手段が存在する。そのうちの一つは『集落』に食料交換を頼るというものである。
「で?いつまで歩くんだよ?というか、『蛸』も手に入れたばっかなのに何で食料を取りに行くんだよ?」
後ろの方で彼が小さな声でそう私に問いかける。『虎』の習性を考慮しての小声だろう。私に聞こえるギリギリの声量を保とうとする辺りが慣れてきた証かも知れない。存外直ぐに一人でも生きていけるようになるか。この1区のみで考えれば。
さて、何故食料が十分に有り余っているのに食料調達に出かけるのか。それは偏に保険である。私は常に最悪の事態を考える。
「『蛸』はいつか現れなくなるかもしれない」「『虎』が自分の拠点をすべて見つけ出して住居が無くなるかもしれない」「『鮫』が突然牙をむいて人間に襲い掛かって来るかもしれない」「ターミナルの無限回路がいつか途絶えるかもしれない」
「新しい脅威がこの世界にまた生れ落ちるかもしれない」
そんな可能性ばかり考えると、自然と行動は保身に走る。食料は常に備蓄できるものと手元における簡易的なものをストックしておき、水の供給源はこの1区だけではなく他の隣接している区でもいくつか用意する手段を持っている。1区の生態系だけではなく、他の区の生態系もいつこの区に入ってくるか分からない為、記録しておいてある。道具は汎用性の強いものを何個も取りそろえる。そうなると一人で全てのものを用意するのはさすがに無理がある。なので私は時折集落やポータルに向かい協力してもらうのだ。それ相応の対価を支払って。
『集落』に向かうのはその一環である。『集落』には私のような人間が群れを成して住居を作り、そこに住み着いている集団だ。『集落』の形は様々だ。食料生産に成功をおさめ余裕がある『集落』も存在すれば、常に明日は我が身で食料を調達できず飢餓に悩み最終的に私が訪れた三日後にはもう既に崩壊していた集落もある。そういった危機に瀕した『集落』の中には侵略国家の様に他の『集落』を襲って、自身の『集落』の一部にしてしまう、などという所もある。
酷いところではある一人の人物による独裁政権や宗教組織になっていた集落もあったし、住民の数は一定に保たれているが、優秀でなければ集落の人間に食べられる事が決まるカニバリズムの発達した『集落』もあった。
私は一人で生きている内にそういったいくつもの形態の『集落』を目にしてきたからか、大多数の集団の生活はあまり好みではない。息苦しく、成功のパターンよりも失敗のパターンが多いからだ。なので私は一人で生き、時折『集落』で交流を重ね食料を貰っている。
今向かっている『集落』もその一つだ。数少ない成功を収めた『集落』であり、私の交流先の一つである。
「…………ついたのか?」
彼は訝し気にこちらを見た。そこには一見するとゴミの山にしか見えず、集落とは到底言えない場所だったからだ。私は先を進む。
「ちょ!待てって!」
予告なしで歩き始めた私を見て、彼も少しばかり早足で後を追いかける。人一人が屈めば進める程度の穴を慎重に進む。
「こんな通路とか作れんのかよ?集落の奴等って?」
彼はそんな疑問をつぶやいた。これは一種の人海戦術で出来上がった通路だ。
私一人では到底出来ない。同時にこなさなければならない作業がある場合、私は無力になる。一人の力というものには限界がある。しかもそれはすぐに訪れ、無力感に苛まれる。なので、外の世界で私のように一人でいるものは珍しい。気楽で身軽ではあるが、責任は重くもあるし、軽くもある。難儀なものだ。
「……なんで組まないんだよ」
組んではいる。ターミナルの商人に情報屋。取引に応じてくれるこの集落の人々。私一人では三日ともたずに死んでいる。
「けど一緒にはいないだろ」
ーーその言葉に私の足は少しばかり遅くなった。しかし止めはしない。
そのもの達は私と同じで、背負いたくないのだ。他の命を。自分の命ですら重すぎるというのに、そこに更に別の命を背負い込みたくはないものだ。必要な荷物は重くてもいいが、軽いに越した事はない。
つまりはそういう事だ。
重い荷物を新たに背負うという事はとてつも無い勇気と覚悟、そして危険を必要とする。それはこの時代において常人には出来ない行為であるし、しないほうが得策である。
「…………仲間が欲しいと思った事はねぇのかよ」
無いといえば嘘になる。しかし、この関係でも十分に成り立つのであれば、それに越した事はない。お互い必要最低限の関係で済ませ、命を背負う関係でなくする。これが一番なのだから。
「じゃあどうして俺を今でも見放せねぇんだ」
足が止まった。否、それだけでは無い。体も、呼吸も、世界も、止まった。
何故私は彼を受け入れた。そういえばそうだ。彼は先ほどの理論から言えば他の命。
背追い込む必要のない命だ。
何故私は彼をここまで導いた?
何故最初の時点で見切らなかった?
何故彼の分の食料の心配をした?
何故…………
「おい、おい、おい!どうしたんだよ?」
…………どうやら無になっていたらしい。なんとも哀れな脳みそだ。閉鎖空間で遮音性が高いとは言えこれほどまで無防備になるとは。
私は再びを時を動かす。止まった分の時間を取り戻すためにも勇足で。
「ちょ、待てよ!」
後ろから声がするが、放っておいても問題はないだろう。ここから先はほぼ一本道だ。迷う方法などどこにもないのだから。
終末的都市・10区 極丸 @kmhdow9804
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