第14話 実力の一端

 半ば強引に勝負をこじつけた夏姫は彼方たちを引き連れてネコ屋を後にし、スカイロードの試合が許可されている鳴滝浜を目指す。背後からはひそひそ話が聞こえてくるが気にしない。自分が同じ立場にいたら同様の態度を見せているだろう。それよりも今は試合のイメージを脳内で明確にしていく。


 イメージするのは仮想の君島彼方だ。夢に出てくるまで目に焼き付けた彼方の試合映像から予測できる動きを何パターンも考えては対処していく。いわゆるイメージトレーニングという奴だ。


(彼のスタイルは万能型で間違いないはず)


 スカイロードには選手それぞれにプレイスタイルが存在する。スタートからトップスピードを出して逃げ切りを図る先行型や妨害技術に長けていて後方からプレッシャーを当ててくる追尾型。そしてその両方を器用に熟す万能型。大きく分けてスタイルはこの三つだ。そして彼方は万能型に属すると夏姫は考えていた。


 万能型はバランスの取れた弱点のないスタイルとされているが、一方で突出した能力がないとも言える。幼少時代からスカイロードを嗜んできた夏姫はこれまでに何百人もの万能型選手と対戦してきた経験から一部の能力に特化した選手よりも戦いやすかった。


(全国大会でも結局は特化型の選手に負けたのよね……)


 イメージから分析している内にいつの間にか去年の全国大会の記憶が蘇えっていた。五人一組による個人戦。先行型も追尾型も万能型の選手もいた難しい試合だった。結局は追尾型の妨害を捌ききれずに敗北してしまった。記憶が蘇えったことで悔しい気持ちも再熱していく。


(いけませんね。今は目の前の相手に集中しなければ……。でなければ足元を掬われてしまう。君島彼方は間違いなくその領域に立つ選手なのだから)


 視線だけを背後に向けると彼方と視線が交差した。タイムラグのない交わりはまるで視線を向けることを事前に察知していたかのようで、こちらの考えていることを一から十まで見透かされているような気分に陥った。


 だからか、夏姫は声を掛けられるまで隣に初春がいたことに気付かなかった。


「い、いつから隣に?」

「つい先程です。望月さんが彼方に意識を奪われていた頃ぐらいですかね」

「――っ⁉」


 自分の状態を見透かされていたことに夏姫は言葉を詰まらせた。


「どうしてわかったのですか? って顔ですね。それは分かりますよ。俺も似た経験をしましたから。あいつと勝負する時はいつもそうです。まるで全てを見透かしたかのような目で見てきて、そして萎縮してしまう」

「萎縮……」


 片腕をぎゅっと強く握ってしまう。全身を襲う震えは確かに萎縮からくる恐れなのかもしれない。


「でもあいつの本当の恐ろしさは空で発揮します。俺は勝手にライバル視していますが、本音を言えば勝てる気がしていません」

「どうしてですか? 確かに君島君の実力は目を見張るものがありますが、追いつけない、と諦めてしまうには早いのでは?」


 初春は小さく笑った。自分にも希望を抱いていた時があったと、付け足す。


「一度、試合をすれば俺の言葉の意味が分かると思いますよ」


 初春は彼方に視線を向けながら言葉を続けた。


「あいつはまさしく空の申し子ですから」


 意味深な言葉を夏姫に言い放った初春は歩く速度を遅くして彼方たちの談笑の輪に合流した。夏姫はただただそれを見送るだけしか出来ず、ただただ初春が言い放った言葉の意味を考えるのだった。

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蒼穹のカナタ 雨音雪兎 @snowrabbit

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