第13話 急展開

 ネコ屋に来店した人物は浮世離れした美少女だった。同性の日向たちですら虜にされて目を奪われてしまう美貌の持ち主は俺たちの制服に反応した。テーブルの傍によって頭からつま先まで視線を配ってじろじろと見てくる。他者を魅了させる美貌の持ち主でも初対面の相手に不躾な態度を見せれば魅了の効果が薄れるのは明白だった。


 視線に当てられて不快感を真っ先に覚えた日向が代表となって言葉をぶつけた。


「私たちに何か用ですか?」


 意図的か偶発的なものか、日向の声音は普段とは比較できない程に低くて起伏のないものだった。温厚な人物が怒りを露わにすると恐怖すると答えてきた人たちの気持ちが理解できる。


 来店者も日向の様子から怒りゲージが上昇していることを察知したらしく、少し慌てた様子を見せた。


「ごめんなさい。不快な思いをさせるつもりはなかったの。ただ制服を着ているようだから、もしかして藍千高校の生徒かもしれないと思って……」

「……そういうことでしたか。ですが目的があったとはいえ、初対面の相手をじろじろと見るのは失礼に当たりますよ」


 日向は指を立てながら来店者の説教を始めた。内気な性格がどこから感じられない日向の変貌ぶりに唖然としてしまう。その一方で長い付き合いに当たる七海やその家族はやれやれと言わんばかりに額を当てながら肩を竦めて事の顛末を見届けている。


「よく見る光景なのですか?」


 風音の質問に七海が頷く。


「内気な癖に礼儀を欠く人には大人でも子供でも人一倍、厳しい性格なの。厳格な祖父母の影響が受けたからって日向は言うけど、幼稚園の頃から垣間見せていたから生まれつきのものね、あれは」


 幼少時代から付き合いのある七海だからこそ信憑性のある言葉として信じられた。そうでなければ日向と出逢った第一印象の方が勝っていたことだろう。


「そんな性格なのによくスカイロードを始めましたよね」

「どうしてだ?」


 俺の言葉に喰いついたのは初春だった。周囲に視線を配ると皆がこちらに視線を向けて小首を傾げいる様子から疑問を抱いたのは初春だけではなかった。


「スカイロードはお世辞にもスポーツマンシップが尊重された競技ではありません」


 もちろん反則行為が容認されているわけではない。仮に反則行為を犯せばその時点で試合は没収試合と見做され、選手にもそれなりの処遇がなされる。過去には試合出場そのものを禁止される重たい処遇も記録として残されている。


 それでもスポーツマンシップが尊重されていないと言ったのはルールからくるものだ。純粋なレース競技と違って意図的な接触行為が容認されているどころか得物の許可も出ている。もちろん殺傷能力はないもので、選手が怪我を負わないように競技用ユニフォームも特別製に仕立てられているからこそ実現できたことだ。安全性の信頼は数十年と続く歴史が証明している。


「それでも戦闘行為が許された野蛮なスポーツと批判する人がいるのは今も変わりません。まして厳格な性格の持ち主ならば抵抗はあったでしょうに」

「それはあの子がアニメや漫画の登場人物に憧れを抱いていたからよ」


 七海は即答した。


「礼儀を欠く人物に厳しくする一方で普段は他人と話すことを苦手とする内気な性格。そんな性格に葛藤しながら成長していく。よくある物語でしょう?」

「登場人物と自分を重ねたわけですか……。その気持ちとてもわかります」


 風音の同意に俺と初春も頷く。スカイロードの根底はアニメや漫画で構築されて発展した競技だ。自分も架空の登場人物になれると夢を見て競技を始めた人も少なくない。


 七海の話と日向の一部を垣間見た俺は一日にして彼女の印象が何度も変わっていった。それは間違いなく良い方向で。


「わかった! わかったからこっちも話をさせてちょうだい!」


 一方的に説教を受けていた来店者は我慢できずに投げやりに声をあげて嘆願した。必死な声音に日向も正気を取り戻したかのように落ち着きを見せた。


「……そういえば藍千高校の生徒がどうとか言っていましたね。お知り合いでも?」

「はぁはぁ……ようやく話を聞いてくれる……。人を探しているのよ。知り合いじゃないから逢える保証はまったくないんだけどね」

「知り合いでもない人を探しているなんて珍しいね。それで? その探している人というのは? 私と日向、貴方の前にいる彼女は二年生だから先輩だとしてもある程度の人物は分かると思う」


 七海の提案に来客者は笑顔を見せた。


「ありがとう。でもその前に自己紹介をしておくのが礼儀ね」


 来店者は肩前に下がるツインテールを肩後ろに払ってから控え目な胸に右手を当てた。


「白戸高校二年、望月夏姫です」


 夏姫の挨拶は一挙手一投足まで洗礼されたものだった。


「望月夏姫さん……、その名前、どこかで……」


 日向は揃って聞き覚えのある名前だと違和感を抱いた。記憶の海に潜って過去を遡るも違和感を解く答えにたどり着かない。その僅かな時間も夏姫にとってもどかしかった。


「聞き覚えがあるのも当然です。私は――」

「スカイロードに現れた新たなニューヒロイン、望月夏姫」


 我慢弱い夏姫が痺れを切らして自ら正体を明かそうとしたのと声が被ってしまった。


「きみ――彼方君、彼女のこと知っているの?」

「彼方君……まあ、いいです」


 七海が苗字で呼ぼうとするのを途中でやめて名前に切り替えたのか気になったが、会話を途切れさせるほどのことではないと捨て置いて質問に答えることにした。


「去年のスカイロード新人戦の全国大会で四位になった選手です。性別関係なく魅了してしまう美貌も相まってマスメディアは上位三人よりも喰いついていましたが」


 俺の説明で記憶を蘇らせた日向たちも相槌を打つように声を漏らし始めた。


「私としては不本意ではありましたが、実力でもトップを取れば問題ないことです。それよりも貴方、彼方君と呼ばれていましたが、もしや君島彼方さんでは?」

「その通りですがどうして俺のことを?」

「中学二年生まで大会の出場記録がなしの選手が彗星の如く現れてありとあらゆる大会を総なめした麒麟児。スカイロード一点に置ける有名度ならば貴方のほうが上でしょう。それに今後、ライバルとなる相手の情報を仕入れるのは当然です」


 ですが、と夏姫は続ける。


「伝聞や記録だけでは限界があります。ですので、こうして直接逢いにきたというわけです」


 夏姫はビシ! と俺に指を差した。


「君島彼方さん、私と一勝負してくださいな」


 急展開に夏姫を除いたメンバーは唖然とする他になかった。


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