第12話 ツインテールの来店者
七海の実家、喫茶店“ネコ屋”に入店した俺たちは海里に案内される形でテーブルに着き、そこに水がサービスされる。その流れで注文を取るのかと思いきや水を持ってきたトレイを机に置いた海里は空いている席に腰を下ろし、少しにやけた顔で俺と初春を見てきた。この人も七海と同様で愉快なことが大好きな人種だと本能が訴えてくる。それを裏付けるように海里は日向に一言放った。
「どっちの子が日向ちゃんの彼氏?」
小動物のように小さく水を飲んでいた日向は口に含んでいた水を盛大に噴き出した。水鉄砲の如き勢い持って俺の顔面に直撃する。漫画でしか見たことのないシチュエーションを体験することになるとは夢にも思わなかった。
ポケットからハンカチを取り出して顔を拭く。その間も日向はわなわな、と口を波打たせながら赤面している。何物よりも羞恥心が勝っているらしく謝罪すら忘れている状態だ。高校生なのだから恋愛の一つや二つあってもおかしくないのだが、反応からして相当にピュアな心の持ち主らしい。
(まあ、仁科部長らしい反応な気もするな)
出逢って間もない間柄でも日向が純粋な性格であることは容易に想像できた。
深呼吸することでどうにか持ち直した日向は海里の言葉を否定した。
「そうなの? だって日向ちゃんが七海以外の友達を連れてるの珍しいからてっきり恋仲なのかなって」
「ち、違いますよ! 二人は後輩で、スカイロード部の新入部員です!」
「あらあら、そうだったのー」
海里は口元に手を当てて上品に笑う。声音や態度から俺たちが彼氏でないことは初めから分かっていたような素振りだ。つまり日向を揶揄う為だけの会話だったわけだが、その真意に気付けていなかったのは揶揄われた当人だけである。
父親に連れて行かれていた七海がウェイトレス姿になって戻ってきた。
「お母さん、日向を揶揄っていいのは私だけだよ」
七海は平然と言ってはいるが、揶揄うことを前提とした発言は中々に酷いものだと思う。
「酷いよー、七海ちゃん……」
「あはは。冗談だよ」
一切の悪気を感じさせない軽快な笑い声と一緒に言葉を撤回した。日向もそれ以上の追及をする様子もなく納得したようだ。二人にとってこのやり取りは日常茶飯事なのだろう。長い付き合いから一種のコミュニケーションとして成り立っているようだ。
「それよりも何か注文しなよ。せっかくの祝いの場なんだからさ」
七海がメニュー表を受け取って初春と共に目を通していく。和食と洋食の両方を取り揃えた豊富なメニューがイラスト付きで描かれている。色使いは喫茶店のそれだが、メニューの種類は食堂を凌駕する品数だ。
「喫茶店といえばナポリタンが定番だよな」
「俺はカレーにしておこうかな。仁科部長は何にしますか?」
「オムライス! 断然、オムライスだよ!」
日向から即答で返ってきた。
「日向のお気に入りなのよ、うちのオムライス。――風音ちゃんは何にする?」
注文を取った七海は少し離れた場所で猫と戯れる風音の傍に向かう。その片手間で日向が即答した理由を教えてくれた。
「私はサンドイッチでお願いします。それとホットコーヒーもひとつ」
「サンドイッチと一緒に出す? それとも食後?」
「一緒で大丈夫です」
慣れた口調で注文を確認していく七海はカウンター越しに父親へ伝えた。カウンター内から大きな返事が届くと、海里に手伝いを求める声も同時に届いた。手伝いを頼まれた海里もカウンター内へと足を運び、厨房に姿を消した。
厨房から鼻腔をくすぐる香りが漂ってくる。それは次第に色濃くなっていくと、料理皿を持った海里が姿を現して各自の前に注文した料理が置かれていく。昼過ぎということもあって空腹の音が自然と鳴ってしまう。料理が準備されたことで風音もカウンター席からテーブル席に戻ってきて着席している。
「いただきます!」
各自、手を合わせて食事の挨拶をして料理に手を伸ばす。俺も銀のスプーンで白飯とルーを掬って口に運ぼうとした瞬間、来店した客人によって阻まれた。
「すみません。この近所にある藍千高校の道順を教えてもらえないでしょうか?」
来店した客人は金色の髪をツインテールにした美少女だった。
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