第11話 都会と田舎と自然な流れ
歓迎会の会場を目指して藍千高校スカイロード部一行は校舎を後にした。男子と女子に分かれて二列で海岸線の道を歩く。潮風に乗る形で波の音が鼓膜を震わせ、潮の香りが鼻腔をくすぐる。海側に視線を向ければ砂浜を散歩する家族連れやカップルの姿がある。視線を上げれば遠くに島を視認することも出来て、海上には連絡船が汽笛をあげて航路を走っていく。島の行き来に空靴の使用は許可されていないことから空域には人の姿はなく、海鳥と渡り鳥が自由に飛行している。
「うーん! こうして海岸線を歩くのは気持ちいいな」
頭上で両腕を引っ張り上げて背筋を伸ばしながら七海は歩く。ポキポキ、と骨が軽快な音を鳴らすと、気持ちよさそうに目を細めた。
「空には空、地上に地上の良さがあるって実感する瞬間だね」
七海に同意したのは日向だ。色々と縛りはあるが、空を飛ぶ快適さは変え難いものである。そのためどうしても楽な方法を選択してしまい、そのなかで忘れていく事も多い。今日のような地上からでしか見えない景色や足並みを揃えて歩く経験などもその一つに含まれる。
「ただ空を飛んで目的地を目指すよりはこうして歩く方が青春している感じはあるかもなー」
「贅沢な悩みです。都会では規制だらけでまともに空を飛ぶことが出来ませんから」
唯一の都会出身である風音は唇を尖らせて不満を口にした。必然的に人口が多い都会ではそれだけ規制の数も多くなり、自由に飛べる場所の方が少ないくらいだ。その反動で若者の空靴に対する羨望は強い。風音がスカイロードを始めたきっかけは家庭環境の圧迫感からだが、羨望もあったのだろう。
「都会に憧れを持っちゃうけど、色々と縛られる生活は願い下げかな」
「白藤先輩なら都会でも好き勝手に動いていそうですけどね」
「あら? それはどう意味か教えてもらおうかしら」
七海は笑顔を浮かべながらも俺の片頬を強く引っ張ってきた。声音からも本気で怒っているわけでないのは直ぐに分かったが、痛いものは痛い。
「な、七海ちゃん! 乱暴はダメだよ!」
「いいのよ、生意気な後輩には。それにこれはスキンシップの一つよ、日向。そうでしょう? 後輩君」
「ふぁい」
頬を引っ張られたまま返事したことで間抜けな声が出てしまった。その状態が継続したまま目的地へと移動していく。頬を引っ張りながらも歩幅を合わせて隣を歩く七海を器用な人だと思う一方でいつまでこの状態が続くのか心配になった。
結局のところ解放されたのは目的地に到着してからのことだった。赤く染まった頬がジンジンと痛む。俺は痛む頬を擦りながら目的地の建物の全貌を見る。
「ここは喫茶店ですか?」
「そう。喫茶店“ネコ屋”。まあ、私の家なんだけどね」
「実家が喫茶店って憧れるな、俺」
「ありがとう。でも、お店の手伝いとか強制的にさせられるから案外、面倒なものよ」
「でも毎日おいしい珈琲が飲めるの魅力的」
「風音は珈琲党?」
「はい。一日に一杯は欠かせない。それに猫も大好き」
喫茶店の名前に爛々とした瞳を向けて興奮を隠せない風音の姿に皆が微笑む。僅か数時間の合間に風音の印象が様変わりしていく。第一印象は優等生そのもので、部室で邂逅してからは苦労してきたのだと思う一方で空腹を隠そうとしないユーモアな一面に親しみを覚えた。そして今度は猫への愛を表に出す姿は女の子らしさを醸し出している。
「ネコ屋と言っても猫カフェみたく触れ合ったり多くいたりするわけじゃないけどね。それに気分屋だから必ず店内にいるとも限らないし」
「大丈夫。それも猫の魅力だから」
「ふふ、若いのによくわかっているじゃないか、お嬢ちゃん」
風音の猫愛に返事をしたのは店内から現れた大柄な男性だった。その姿を見て反射的に七海が「お父さん!」と言ったことで先輩の父親であることが直ぐに理解できた。女性としては身長が高いのは父親譲りなのかな、と俺は考えていた。
「それよりも聞こえていたぞ。お店の手伝いが面倒と言ったのはこの口か?」
七海が父親に頬を引っ張られながら店内へと引き摺り込まれていった。その光景に既視感を覚えてしまう。
「あはは……。ごめんね、驚いたでしょう?」
入れ替わるように店内から姿を見せたのは打って変わって小柄な女性だった。
「日向ちゃん以外の子は初めましてね。七海の母、海里です。立ち話もなんだからお店に入ってちょうだい」
流れるような会話に促されるまま俺たちは店内へと入店することになった。
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