第10話 藍千高校スカイロード部
楠木風音は才色兼備と謳われてきた正真正銘の完璧人間である。
これが彼女を知る者の言葉だ。そして風音当人にとって苦痛の種だった。勝手に持ち上げて、期待を寄せて、プレッシャーだけを与えてくる毎日。それは呼吸することさえ億劫になる息詰まった世界だった。
小学生の頃からそのような世界を余儀なくされていた風音は逃げるように進学先を地元から遠い島の高校にした。
それが藍千高校。日本列島の西に位置する群島のひとつに構える田舎の学校だ。藍千高校を進学先に選んだのは何も地元から逃げることだけを考えて決めたことではない。藍千高校も含めてその辺り一帯の地域ではスカイロードが盛んだった為だ。風音にとってスカイロードだけが唯一、気持ちを解放できる心の拠り所だった。
当然、名も知らない田舎の学校に進学することを周囲は反対した。両親に至っては勘当するとまで言ってきたほど。そのなかで唯一味方をしてくれたのが父方の祖父母だった。幼少期から風音を見てきた祖父母は何かと縛りつけられて息苦しい生活を過ごしている孫娘を不憫に思っていた。そこで学費や住居の手配などを全て自分たちが賄うことで風音の願いを叶えたのである。
「そうして私はこの高校に通うことができたのです」
語り口調なのは自分が進学した経緯を説明しているためだ。場所はスカイロード部の部室で、中には彼方をはじめ、日向に七海、それから初春と全員が揃っている。三人を部室に招いたのは話し声に気付いた日向だ。
「いや、私たち何も訊いていないのだけど……」
部室に入るなり身の上話を語った風音に対して日向は困惑していた。
「自己紹介ということでしたのでなるべく詳しく話したのですが……」
「重たすぎるよ! 今日知り合ったばかりの人に話す内容じゃないよ!」
必死にツッコミを入れる日向をよそにそのやり取りを写真に収める七海の姿と、その行動に冷やかな視線を向ける彼方と初春といったカオスな空間が出来上がっていた。
「そうですか。それでは先程の話は忘れてください」
風音はマイペースを崩すことなく淡々と会話のキャッチボールをする。そのペースに呑み込まれた日向は落ち着かない様子だが、一方の風音は出されたお茶を飲んでリラックス状態だ。
「仁科部長、この際、先程の話は置いておきましょう。それよりも今は部員が増えたことを喜ばないと」
「そ、そうですね。いえ、その通りです! 今年は諦めていましたが、これでチーム戦にも出場できます!」
胸の前で小さくガッツポーズした風音は諦めていた未来に光明が差したことを喜んだ。スカイロードには個人戦もあるが、高校の部活として活動するからにはチーム戦が華と言える。
「いきなりの大会で結果を出すのは難しいと思うけど、大会出場の経験は来年に繋がるもんね」
前向きとも後ろ向きとも取れる日向の発言に反論したのは風音だった。湯呑の底を叩きつけるように机に置くと、日向に体ごと向けた。
「納得がいきません」
「え? ど、どうしたの?」
「どうしてやる前から諦めているのですか⁉ やるからには勝利を目指すべきです!」
先程までの穏やかな口調が嘘のように激しいものとなった。その豹変ぶりに日向は驚きながらも同時に考えさせられた。何かと理由をつけて言い訳をして甘やかす自分と、自ら律して奮い立たせる風音。選手としても部長としても、どちらが理想の姿と問われれば後者だろう。少なくとも日向はそう考えた。
悩む日向の姿を見た七海は風音の発言に落ち込んだものと勘違いして場の空気を変えようと話題を振った。
「せっかく新入部員が出来たわけだし歓迎会をやらない?」
七海の発言に全員の視線が彼女に向けられる。一斉に視線を浴びた七海は一瞬たじろぐも平気を装う。
「……うん、そうだね。皆はこの後、時間は大丈夫かな?」
「俺は大丈夫ですよ。彼方は?」
「俺も大丈夫です。楠木はどうする?」
「もちろん行く!」
豹変した態度のまま返事したのかと思いきや、風音が少し涎を垂らしながら「じゅるり」とすする音をたてたことで彼女の心情を皆が理解した。
風音の豹変の一端は空腹からきているものだと。
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