4.特権獲得試験

『今年度の特権獲得試験は今月末実施します。試験招待者で受験を希望する方は一週間前までに申請を行ってください』

 街のスクリーンに映し出された行政府の広告を見て、隣の友人が話しかけてくる。

「なあ、ビリーの所には来たのか?招待状」

 その問いに

「もちろん」

 と肯定を返す。特権獲得試験=特級市民権獲得試験、それは何もかもが平等なこの国で、唯一逸脱が許される存在になるための試験。

 徹底的な管理社会で人々の幸福が約束されたこの世界は、俺が名を上げるにはあまりにも窮屈だった。だが特権を獲得すれば話は違う。殺人などの一部の例外を除き、特級市民はあらゆる法律の束縛から解放され、逸脱することが許される。

 そう、俺の人生はここから始まるのだ。この日のために、生きてきたのだから。

「そっか。小さい頃から言ってたもんな、特権を手に入れるって。がんばれよ」

「おう」

 気のおけない友人はささやかなエールを俺に送ると、

「じゃあ俺はこれで」

 と言って手を振りながら帰路についていった。


 試験当日。

 俺はいつものように起床し、顔を洗い、歯磨きをし、体操をし、朝食を食べ、また歯を磨く。ニュースに一通り目を通し、気になった点をメモに起こす。モーニングルーティンを済ませると、試験の準備を済ませて会場へ向かった。


 会場は政府の研究施設だった。のっぺりとした白い建物の中に入り、IDをかざして無人で受付を済ませる。他に参加者と思われる人間は見えず、それどころか案内するに人間すら会うことはなかった。不正などがないようにするためだろうか、自然と気が引き締まる。進行方向と入るべき部屋が表示されたので、表示に従って通路を進み指定された部屋に入った。

 部屋は目がチカチカするほどに真っ白で、中央にこれまた真っ白な机と椅子が置かれていた。机には埋込式のパネルが内蔵され、試験までの開始時間が表示されていた。

 椅子に座り、開始時間を待つ。パネルには他に操作方法やこの試験の概略、2時間制であり問題はその間に可能な限り回答すること、などが表示されていたがどれも事前に説明があった通りだ。パネルのカウントダウンが徐々に減っていき、そして試験が始まった。

 パネルに映し出された問題を解いていく。問題は無作為に抽出されているらしく、基礎的な語学問題から高度に専門的な経済や数学の問題、それから性格診断(??)のようなものまで。殆どのものは問題なく解けたが、性格診断は……どうなのだろうか。比率としてもかなりの割合を占めていたように思える。

 特権を得るのに必要な素養というのは、知能よりむしろ規範意識が重視されるのだろうか。獲得試験が招待制だったことから、招待された人間は既に知能面での基準は概ねクリアしていると考えるのが妥当だろう。であるならば、規範意識がありながらも時に進歩的な答え、というのが望まれる答えであろう。そのように考えながら問題を解いていく。

 2時間が経ち、試験が終了する。パネルに次の経路が表示されるとともに、入り口とは別の扉が開いた。

 扉をくぐると、先程までと同じほどの大きさの部屋に最新の医療用全身スキャニング機材とロボットアームが鎮座していた。背後で扉が閉まり、表示に促されるままに服を脱ぎ、全身スキャンを行う。ものの数分でスキャンが終わると、また入り口と反対側の扉が開き、【次の部屋で結果をお知らせしますので、30分程度お待ち下さい。】という表示が出た。もう結果が出るのかという驚きと共に、ついにこれでという逸る気持ちを抑えながら案内に従う。部屋に入り、椅子に座ると、背後で扉が閉まった。


 30分。普段なら本でも読んでいるところだが、そういった気分にもなれずただただ用意された椅子に座って待ち続けた。そして、

『検査の結果が出ましたのでお知らせします』

 という合成音声が聞こえてきた。いよいよだ。なのに、どこか違和感を感じた。この言いようのない違和感はなんなのだろうか。検査?

『特級市民権付与適正検査の結果、ビリー様は特級市民権が付与されることが決定致しましたことをお知らせします』

 先程まであんなに心待ちにしていたはずの合格通知も、まるで嬉しくなく、むしろ

「すまないが、トイレに行かせてもらってもいいか?」

 そう言いながら入ってきた扉に近づくが、その扉が開くことはなかった。

 合成音声は無情に言葉を続ける。

『これに伴い、ビリー様の一般市民権は即刻破棄され、あらゆる法の制限を受けることはなくなります』

「おい待ってくれ……」

 あんなに願っていた法からの逸脱が、こんなにも冷たく聞こえることになろうとは思いもしなかった。法に縛られなくなる、という言葉が実のところ

『これより休眠措置を行い、ビリー様には仮想現実にて第二の人生を送って頂きます』

 自身が法に守られなくなる、という意味しかなかったとは。

 白い煙が部屋の天井から吹き出し、部屋を埋めていく。

『仮想現実では法律を逸脱し、あらゆる先進的な試みが可能ですのでご安心ください』

 強烈な眠気が襲ってくる……

『仮想現実での発明は現実世界にフィードバックされ、市民の生活に役立てられることになります』

 こんなところで……

『あなたの野心的な精神が我々の社会構造にそぐわなかったことは大変残念ですが、あなたの頭脳は特筆すべきものです』

 俺の野望が――

『あなたの特級市民としてのこれからの活躍に期待しています』



 いつものように起床し、顔を洗い、歯磨きをし、体操をし、朝食を食べ、また歯を磨く。ニュースに一通り目を通し、気になった点をメモに起こす。モーニングルーティンは特権を得てからも変わらない。

 あれから、資本経済を復活させ、経済社会を再び世に舞い戻らせた。長い戦いだったが、それをした甲斐はあった。新たな通信手法も、それに伴い用意したプラットフォームも、全て順調に進んでいる。何もかも俺の思い通りに、世界はよい方向に進んでいる。だがまだ、もっと――



『新たなサービスを開発しました。ぜひご活用ください』

 街のスクリーンに映し出された行政府の広告を見ながら男は呟いた。

「ビリーもすっかり雲の上の人間になっちまったなあ」

 数ヶ月前まで一緒にいた友人の姿は、今はもうスクリーン上で見るだけの存在になっていた。

「連絡もめっきりなくなったし、どこでなにしてるんだか」

 男はもう会うことのないだろう友人に思いを馳せた。

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眠れない夜のSF 浦木真和 @u_masakazu

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