3.睡眠症候群

 ある時、世界で同時多発的に居眠り運転による追突事故が相次ぎ、多くの人間が犠牲となった。それを皮切にして、居眠りを起因とした事故が相次ぐようになった。

 ただの居眠りであればよかったものの、世界同時多発追突事故以降、突然睡眠に落ちてしまった者たちは二度と起きることはなかった。


 最初は都市伝説のように扱われていたその症状を、いつしか人々は睡眠症候群と呼んだ。


 男は医者だった。特に有名というわけではなく平凡な町医者であったが、最初の追突事故の一つに関わりを持ったことで、それ以降独自に睡眠症候群の解明に励むことになった。

 未知の細菌か、ウィルスか、それとも人類がまるごと集団幻覚にかかってしまったのか。食べ物は、生活は、文化は……男はあらゆる可能性を検討し、あらゆる方法を用いて調査を行ったが解明には至らなかった。

 全世界の国・研究機関もまたそれは同じであった。ある国はあらゆる薬物を投与して覚醒を促したが効果はなかった。ある国は睡眠症候群と判断できた者を脳死状態と同等とし、解剖を重ねたが成果は得られなかった。ある国は外的刺激によって、ある国は……

 そうこうしている内に、睡眠症候群を研究していた者たちもまた為す術なく眠りについていった。


 三ヶ月の内に人類の半数が、半年で残り半分に。事故の発生から一年も経とうという頃には、男の周りで起きている者はいなくなっていた。

 既にライフラインを維持するものはいなくなり、街にはそこら中で居眠りをする人で溢れていた。不思議なのは、彼らが外部からの栄養補給なしでも生き続けているということだ。

 当初、病院に収容されていた睡眠症候群の患者たちは点滴を受けていた。しかし患者の数が加速度的に増え、また医療者も少なくなる中で多くの患者は公共機関の床で寝かされ、そのまま腐乱していくのかと思われたがそうはならなかった。彼らは眠ったまま生き続けた。


 男は睡眠症候群とは冬眠のようなもので、人間の新たな進化なのでは、とも考え自身の研究結果を踏まえて論文にまとめていた。しかし冬眠だとしていつまで眠るのか、そもそも起きるのか、そしてこの論文を読むものはいるのか。男は様々な思いに駆られながら筆を走らせたが、突如として襲ってきた強烈な眠気の前には抗う術はなく、また気力も既に枯れ果てていた。




「――ま、さい のかん  がめをさまし した!」

 薄く開かれた目に、強烈な閃光と声が飛び込んでくる。

 どよめく声、喜ぶ声、視界は白く覆われていながらも、ひどく嬉しげな様子がわかった。

 目が光に慣れていく内に、自分がベッドの上にいて、周りを白衣を着た医者に囲まれているということがわかった。少しずつ、自分を含めた世界が冬眠を終えたのだと、男は理解し、一番近い医者に話しかけた。

「ああ、睡眠症候群がやっと根絶されたのですね!」

 と。医者は少し怪訝な顔をした後、まだ頭が起きていないのだろうと判断したのか、男に優しく掛かっていた病気について説明した。

「あなたが掛かっていたのは、夢遊病症候群です」

 とその医者は言った。聞き覚えのない病気を言い渡され、ではあれは夢だったのか、と男が考えていると、部屋の奥でガシャンと音が鳴った。

 どうやら奥に控えていた他の医者が倒れたらしい。

「おい大丈夫かー?」

 と医者たちが声を掛けるも、返事はない。

 医者の一人が倒れた者の肩をポンポンと叩き様子を見た後、


「おいおい寝ちゃってるよ」


 と口にした。

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