絶対に謝らないマン VS 絶対に謝らせるマン

ちびまるフォイ

あのとき謝ればすむ話じゃないか!!!

「ぺろっ……これは、謝れない病……!!」


「謝れない病!?」


「普段、たくさん謝罪している人から人へ

 くしゃみとかで感染する特殊な病気です。

 感染したが最後、治るまでけして謝れません」


「そんな馬鹿な……あれ、あれれ!?」


"ごめんなさい"と試しに謝ろうとしたが声がでない。

文字で打とうとしても体が動かなくなる。


「けして強い病気ではないので、期間がくれば治ります。

 なので不便かもしれませんが大丈夫ですよ」


「注文取るときも不便になりそうですね」

「どうして?」


"すみません"と言おうとしたがやっぱり声は出ない。


「ヘイ、とでしか店員を呼べなくなりそうで」


「アメリカンスタイルですな、佐藤権三郎北左衛門さん」


日常で謝るタイミングを意識したことはなかったが、

謝れなくなった以上はとくに気をつけなければならない。


「よし、謝らないように注意して過ごすぞ!」


はちまきを締めて覚悟を決めた矢先だった。

正義のたすきをかけた集団が押し寄せてくる。


「いたぞ!! あいつだーー!!」


「え!? な、なんですか!?」


「しらばっくれるな!!

 1週間前のこの日、貴様はとんでもないことをしでかしていた!!

 貴様が謝罪するまで我々はけして許さない!!!」


「俺がいったいなにを……!?」


「エスカレータで、よくも片側に寄ってくれたな!!!」


「なん……だと……!?」


「貴様は本来両側にバランス良く乗るべきエスカレーターに

 片側に偏って乗ったばかりか、エスカレーターを歩いた!!

 これがどれだけ他の人を危険にさらす行為かわかるか!!」


「なんでそれを1週間後に!? そのとき言えばいいじゃないですか!!」


「後ろの仲間たちを集めるのに時間がかかった!!」


「導かれた勇者かよ」

「いえバイトっす」


すかさず集まっていたモブたちは答えた。


「我々が要求することはただひとつ!!

 貴様の心からの謝罪だ!!!!」


「わかりましたよ……」


謝ろうとしたがやっぱり声が出ない。

声が出なければ土下座をしようとすると体が動かない。


「ぐっ……なんで……! ちくしょう……!!」


「貴様、謝る気がないのか!! なんてやつだ!!」


「ちがうんです! 謝るつもりは、あります!」


「そう言ってSTAP細胞だってなかったんだぞ!!」

「信じてください!!」


俺の病気のことをいくら話しても「謝ろうとしないための言い訳」だと言われ

ますます火に油をそそいで焼き土下座するまで納得しないとヒートアップ。


「どうしても謝らないと言うならこちらにも考えがある!」


「い、いったいなにをする気なんですか!?」


「詳しくはWEBで!」


集団は意味深な捨て台詞とともに去っていった。

この場は収まったものの解決どころか嫌な予感しかしない。


ネットで調べてみると「WANTED」と血文字で自分の情報が出ていた。


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『この人のせいで、命の危険にさらされました!!』


エスカレーターの片側を勢いよく上がることで、

機械の不調を発生させ、エスカレーターが崩壊しケガをする危険がある。

そんな大惨事を起こしそうなことをしでかした。


この人は他の人の命がエスカレーターで奪われることになっても

自分さえよければなんとも思わない犯罪者サイコパスである。


奴が謝罪して罪を認めない限り、必ず人命がいつか失われるだろう

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そこには仲間たち(バイト)が「そうだそうだ」と援護射撃。

いっそのこともう殺してしまえと極論まで出ている。


「ど、どうしよう……」


謝れば済む話だが、その唯一の手段ができない。

悩んだ末に頼ったのは怪しいバーの占い師だった。


「見えます……見えます……あなたは大変にお困りのようだ」


「ええ、そうなんですよ!!」


「謝ればすべて終わるのに、謝れないから困っている、と。

 では話をそらせばよいのです」


「話をそらす?」


「人の怒りはそう長くは続かない。瞬間的なもの。

 だから、相手との議論の内容をすりかえればよいのです」


「しかし、そんなこと口下手な俺にできるのかどうか……」


「方法を知りたければここから先は有料会員限定なので追加料金を払ってください」


「ふざけるな! 追加料金なんて話聞いてないぞ!

 そういうことは最初に俺に伝えるべきだろう!? 不親切だ!!

 本当はそうやって先が気になるようにさせておいて誘導してるんだろう!

 お前はなんてひどい守銭奴なんだ! この小悪党め!

 そんなやつの占いなんか信じられない!! 嘘に決まってる!

 というわけで、嘘つきには今回の占い料金は支払わないからな!」


「論点すりかえとるやんけ」


さっそく俺は論点すり替えメソッドを学ぶためにジムに通い体を鍛えた。

念入りなパンプアップをほどこしてついにクレーム集団と巌流島で相対した。


「やっと謝る気になったようだな」


「そもそも……謝罪とはなんだ? 謝ればそれで済むのか?」


先制攻撃「そもそも論」で謝罪という名のバトルフィールドを宇宙の彼方へふっとばす。


「いや……たしかにそれで済む問題じゃないかもしれない」


謝罪だけで頭がいっぱいな相手はすぐに乗ってしまう。いい調子。


「あなた達は謝罪を求めているようだが、それで済む問題じゃないだろう。

 そう、一番の問題は"片側に偏って乗ると危険"というエスカレーターにした企業!

 俺が片側を歩くことを考慮していないことが問題なんだ!!」


「そうとも!! 自動車事故が減らないのは、自動車に乗るのが悪い!

 いや、さらに言えば自動車を作ることが悪い!!」


「ご唱和ください! 俺は悪くなーーい!! エビバデセイッ!」


俺は拳を高く上げたが誰も従わなかった。



「いや、悪いのはあなただ」


「えっ」


水を打ったような静けさが俺のすり替えを現実に戻してしまった。


「偏って乗ると危険だと知っててなおそれをしたということですか?」


「いやそれは……」


「あなたの行為はエスカレーターに不調を起こして

 他に乗っていた人をエスカレーターに飲み込ませて

 バキバキにするところだったんですよ!」


「あの……えっと……」


声がでない。謝れば済むのに。


「未遂だとしてもあなたには大いに非がある!!

 あなたは殺人未遂をしでかしたんです!! 理由はもちろんお分かりですね!?

 あなたがやった行為で人命を危険に晒したんです! 覚悟の準備をしてください!」


「どうしてそこまで! たしかに俺がっ……」


悪かった、と言いたくても言えない。声がつまる。


「どうして謝罪することができないんですか!?

 たったそれだけで我々は納得するのに!!」


「わかってますよ!」


「謝れないということは自分の非を認めてないということ!

 つまり、あなたは何度でもこの危険行為を繰り返すんですね!!」


「ちょっとまってくださいよ! そんなことは……」


「いいえ! あなたは犯罪者です! 慰謝料の準備をしておいてください!!

 それだけではありません! あなたの殺人未遂行為で刑務所に入る覚悟も、です!


 そして、あなたをそんな風に育て上げた家族も同罪です!!

 あなたの家族も同じ危険人物DNAを持っているだけでも危険に晒されるのだから!

 

 謝罪もできないあなたのような人達は全財産を徴収して全員が刑務所に入るべきなんです!」


鼻先に指を突きつけられた瞬間だった。

体の中にうずまいていた何かがフッと晴れたのがわかった。


「ごめんなさい……」


自然に声が出ていた。


「な、治った……?」


一番驚いたのは自分自身だった。治ったのがあまりに突然過ぎた。


「すみません! ごめんなさい! 治ってる!」


もはや謝罪の自由をしばるカセはなくなった。

俺は思い切り心を込め、額を地面にこすりつけて叫んだ。


「すみませんでした!! 俺がなにもかも悪かったです!!

 エスカレーターの片側を歩いてすみませんでした! 反省してます!!

 本当に、本当に、すみませんでしたぁぁぁぁ!!!」


しん、と周囲は静まりかえった。


「やっと……謝罪、してくれましたね」


「本当は最初から誤りたかったんです。遅くなってごめんなさい」


俺は何度も、何度も謝った。

すると、相手はにこりと笑って叫んだ。



「ようし! コイツ、負けを認めたぞ!!

 家族全員から慰謝料をとって、刑務所にぶちこんでやる!!

 謝罪したってことは罪を認めたってことなんだからなーー!!」

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