第4話 遭難者たち
セオは中央エリアに向かう間、研究施設について教えてくれた
施設の電力は少し離れた場所に停泊させてある原子力潜水艦から供給されているのだという。
「原子力潜水艦?」
「廃艦処分だったロシアの原潜を買取ったって話です」
「原子力潜水艦というものは簡単に買えるものなのか? それとも私がそういった常識を覚えていないだけなのか?」
「いえ、そんなことはないです。どうも兵器としてではなく、スクラップとして購入したらしいですよ。僕も詳しいことはわかりませんけど」
そんなことで原潜が手に入るのかと呆れるヴェスナ。
「この研究施設は大きく分けて四区画に分かれていて、区画ごとに研究分野が別れているんです。上から見るとこんな感じですかね」
そう言ってセオは、指で十字の形を作って見せた。
「なるほど、この十字形の中心がこの施設の心臓部というわけだな」
「そうです。研究データも、すべて中央区画のサーバーに集まっています。僕たちが向かおうとしているのはこの中央区画ですね。中央区画にはサーバー以外にもセキュリティー本部が設置されているんです。この施設で厳重な場所のひとつだから、セキュリティーも整っているんです。だだ誰かいるかも」
前を歩くセオはそう言った。
「中央エリアに生存者が見つからなかったらどうする?」
「二階と三階は研究施設ですが一階には荷物の搬入口を兼ねた出入り口があるんです。生存者がみつからなかったら諦めて、そこから雪上車で脱出するという選択もあります」
「なるほど。だが気になるな」
「何がです?」
「この研究施設の人間を襲っているのは何なんだ?」
「それは……」
セオが何かを言いかけた時だ。突然、銃声が鳴り響いた!
ヴェスナとセオは顔を見合わせた。
「向こうからです!」
それほど遠くないらしい。
「誰かいるんだ。行ってみよう」
「でも……いえ、はい! でも怪物がいたら」
「その時はその時だ」
二人が駆けつけると保安部員らしき男が怪物に向かって拳銃を撃っていた
「あれは何なんだ? 少年」
それは二本足で立つ奇怪な生き物だった。
溶けたような赤と黒の皮膚に鋭い手足の爪。身長は二メートルを優に越えている
まるで二足歩行をする溶けかけたイモリだ。
「あれです! あれが皆を襲ってるんです」
発砲はヴェスナたちが駆けつけた時も続けられたが途中、弾が切れたようだ。
保安部員は怪物に向かって悪態をつく。
「このままでは彼が危ない。少年。君の魔法でなんとかならないか?」
「えーっ! 無理無理」
ヴェスナは周囲を見渡し、消化器を見つけると手に持った。
「ちょ、ちょっと! ヴェスナさん」
ヴェスナは消化器を持つと怪物の背後から近づいた。
怪物は気配に気づき、ヴェスナを威嚇する。
ヴェスナは、その怪物の顔目がけて消化器を吹きかけた。
気を削ぐためにしたことだったが意外にも効果はそれ以上だった。怪物が逃げ出したのだ。もしかしたら消火剤の成分の中に怪物の嫌う何かが入っていたのかもしれなかったがヴェスナにとっては幸運だった。
消火剤の粉塵が収まると床には怪物の体液であろう緑色の液体が点々と落ちていた。
「助かった。ありがとう。あんた、勇敢だな」
大柄な保安部員がヴェスナに礼を言った
「俺はアルヴァー・レーン。見ての通り、この施設を警備が仕事だ」
「私はヴェスナ。こっちは魔術士のセオ」
「魔術士?」
「見習いだそうだ」
胡散臭そうな目でセオを見るレーン。
「魔術士なら魔法で奴らを何とかしてもらいたいもんだが」
セオは、レーンの嫌味な言葉を笑って聞き流した。
「レーンさん。あれは一体何なのだ?」
「俺も詳しいことは知らない。奴につていはそこの科学者さんの方が説明できるとと思うぜ」
レーンは自分の後ろにいた男を指差した。そこには青白い顔にメガネをかけた白衣の男が怯えた様子で立っていた。
「彼は施設の研究者だ。名前はバルトロ……なんとか」
「私はバルトロ・フリゾーニ。アルファ区画で働いていた」
アルファ区画は、"生物研究部門"です、とセオがヴェスナに耳打ちする。
「ドクター・フリゾーニ。さっきのあれは何です?」
「あ、あれはクローンの実験生物だ」
「クローン? 一体、何のクローン?」
「それは極秘事項で私の口からは言えない」
「ドクター・フリゾーニ。私達は、あれに襲われる危険がある。生き残るにはできるだけ情報が必要だ」
ヴェスナは真剣な眼差しで言った。
「た、確かにそうだな……あれはある生物のクローンをDNA操作の実験に使ったらしい……らしい、というのはプロジェクトに関わっていないから僕も何からクローンを作ったのか知らないからだ」
「あんた、ここで働いている科学者なんだろ? そんなことあるってのか?」
レーンが苛立った口調で言った。
「同じアルファ区画の中でもプロジェクトが違う他の研究者が扱っているものはお互いよく知らないんだ」
そう言い訳する科学者は、掛けているメガネの位置を直した。
「俺たち保安部員はあれの鎮圧に出動して散々な目にあった。わからないで納得できるかよ」
レーンが吐き捨てるように言う。
「レーンさん。熱くなってもいい解決策は見つからないと思う。ここは冷静になって考えようじゃないか」
ヴェスナが間に入ってレーンを促すと、彼は少し落ち着いたようだった。
「あん……? ああ、確かにそうだな」
「ところで私達は生存者を探して中央区画へ行く途中だったのだが……」
「生き残りはいるかわからないぞ」
「中央区画は警備が厳重だと聞いた。無事な人間もいるのではないか?」
「俺の記憶が正しければ、問題の発生源は中央区画からだ。だとしたら一番危険な場所ということになる」
「あの化け物がそこから現れたと思うのか?」
「最初に騒ぎが起きたっていう事実があるだけだ。だが中央に行くのは俺は賛成だな。1Fの物資搬入口に雪上車かスノーモービルが残っているかもしれないし、うまくすればヘリもあるかもしれない」
「脱出か……それは考えていなかったな。だが、得体のしれない化け物が徘徊しているとなれば脱出も有効な選択かもしれないな。少年はどうだ?」
「セオです」
「あ? すまん」
「僕は……僕は生存者を探したいのですが……」
「誰が知り合いがいるのか?」
「ええ……実は」
「なら私も残ろう」
「でも、危険ですよ!」
「君には恩がある。放ってはおけないよ」
「ヴェスナさん……」
セオは呆気にとられながらヴェスナを見上げた。
「そうかい、なら俺も付き合ってやるよ。真っ先に逃げ出したいのは山々だが、俺の仕事は保安担当だからな」
「ここの保安体制はすで崩壊しているように思える。あなたは無理に私達に付き合わないで自分の身の安全を考えてもいいと思う」
レーンは、不機嫌そうな顔をヴェスナに向けた。
「女と子供を放っておけるかい!」
魔女は忘却の彼方から ジップ @zip7894
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔女は忘却の彼方からの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます