4月10日(金)

新しいクラスの人たちがわたしに向けていた物珍しげな視線を、昨日よりは感じなかった。そんなものだろう。みんなにとっては、しばらく休んでた子が急に来るようになった、ぐらいのイベントでしかなかったのかもしれない。


喋ったことのある子、仲の良かった子なんかはいろいろ話しかけてきてくれて、休んでた間のノートもプリントも見せてくれた。ありがたく受け取った。ただ、「何があったの?」という問いに関しては、「あんまり覚えてないの」という答えで通すことにした。これは病室で九人で話し合って決めたことだ。本当のことを言っても信じてもらえないと思うし、だいたい全部話そうとしたら日が暮れちゃうし。


放課後、家に帰る途中で、わたしは自分が頭の中で夕飯のメニューとか宿題の量とかを考えていることに気づいた。つい笑ってしまった。ついこの間まで不思議な体験をしていたはずなのに、日常が戻ってくるのはこんなにも早い。


感謝しないといけないな、と思った。こうやって一般的な常識から外れた何かに巻き込まれて、それでもこうやって戻ってこれたのは、きっと運がよかったのだ。戻ってこない人もたくさんいる。わたしだちだって、旧校舎の中に閉じ込められたままになる可能性はじゅうぶんにあった。みんなで帰ってこれたのはすごくすごく幸運だったと思う。


なんとなく過ごしている毎日は、実は、薄い薄い氷の上を踏みながら歩いているようなものなのかもしれない。わたしたちは自分が踏む氷が割れないように祈りながら、割れなかったことに感謝しながら、歩くしかないのだ。


こんな表現を思いつくのも、たくさん本を読んだおかげかな。そういえば最近は何も読めていなかった。明るい光の下で本が読めるのは、すごくありがたい。家に帰ったらまだ読んでいなかった本を読んでみよう。それから、来週また美世ちゃんにおすすめの本を訊いてみよう。



これが最後のページだ。書き始めたときは真っ白だったのに、一冊埋まるのがこんなに早いだなんて! 最初は地味だと思ったけど、この紺色の表紙にもすっかり愛着が湧いてしまった。続くかどうか不安だったけどちゃんと毎日続けられたし、これからも日記は書き続けたい。


明日にでも、お母さんと一緒に次の日記帳を買いに行こう。

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夕夏ノ日記 紫水街(旧:水尾) @elbaite

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