第3話 地雷な女とうかつに関わったらヤキを見る
煙のありかを追い、ひとり森の中を邁進すること
さっそく俺は壁にぶつかっていた。文字通りの意味で。
立ちはだかる薄紫の色を帯びたレンガの壁をしげしげと見、どうしたものかと考えあぐねる。
「煙はこの壁を越えた所にあるんだよなあ」
壁に両手をしっかりくっつけながら仰ぐと、推定およそ十メートル弱はあるとふんだ。
どうにかしてこの壁を越えられないもんか……。
壁をまさぐりつつ、また大変だなあと思いため息をつきうつむく。
「ん?」
すると、壁に寄り掛かった所からすぐそばのところで溜まった落ち葉がもぞもぞと蠢いていた。
はてな、と
「ゥウワンッッッッ!!!!」「うおおおおおおおおおお!????」
犬が落ち葉溜まりから顔をのぞかせてきてその勢いのままに大きく吠えてきた。
すぐそばでそれを見舞われた俺は、自分でも情けないことこの上ない絶叫を発し驚いたあまりへたり込んでしまう。
盛大に驚かせてくれた犬は二本の前足を器用に駆使して、落ち葉のプールから這い上がった。
とことこと腰の抜けた俺の元へ、四つ足で練り歩きながら近づいてきた。
黒い毛並みとピンと張られた三角耳という身体的特徴がどことなく
かと思いきや突然嗅ぐのを止めて、
ブルブルブルブルッ!!!!
「うわっ」
犬特有の全身を左右に大きく捻る動きによりそれまで体毛にひっついていた葉っぱがぶわっと舞い散った。
犬の延長線上には言わずもがな俺もいたため、とっさに目をつむった。
「あ、どっかいったか」
しばらくして目を開けると、犬がいたと思われる場所には枯葉が散った跡だけが遺されていた。
よいしょ、と重い腰を上げ立ち上がる。
まだ犬がどっかに隠れていないか辺りを見回してから、先ほど犬が現れた壁際の落ち葉だまりに向かう。
意を決して溜まりに腕を突っ込むと、想像よりも深い事に驚いた。
溜まりというよりは、壁の下に大きな穴が空いていてそこに落ち葉が積み重なっているみたいだった。
さっきは中型犬が這い出てきたが、やろうと思えば人一人はなんとかいけそうである。
その時、脳裏に川辺で煙が上がった時の記憶がよぎった。
「うまくいけば、この穴を通って壁を越えられるかもしれない!」
そうと決まれば、と俺は袖を捲り穴の落ち葉を取っ払うための作業に取り掛かった。
☆☆☆☆☆☆
昔建設現場で働いていた経験が活きたのもあり、穴の落ち葉の撤去作業は
足の踏み場も確保した穴の中をひとり進んでいく。
穴は俺が屈んでかつなんとか膝を地に付けず進めるくらい狭く、
しばらくすると、再び光の
「ふう、やっとかっと来れた」
無事壁越えは成せた。
俺が出てきた所には木が一本と小さな茂みが伸びていた。
茂みに隠れて一旦状況確認をするために、周りをうかがってみる。
「うん? あれは……」
さっそく人らしき影を発見した。ざっと見て十歳前後の女の子が、その辺でかき集めたような枯葉の小さい山を前に突っ立っていた。
枯葉の山のなかに火種があるらしく、その証拠に炎のゆらめきは見られないもののずっと煙を燻らせ続けている。
「どうやら、煙の出どころはあれっぽいな」
ちょっと思い描いていたかやぶき屋根に取り付けられた煙突からふき出た感じのとは違ったが、当初の目的だった「人気のあるところに出る」ということは達成できたためそこは許そう。
問題はそのすぐそばで真顔のまま枯葉の山をガン見している女の子の方だ。
髪は歳相応に肩にかかるくらいまでなのだが、それ以外はあまりにも常軌を逸するものばかりであった。
両方のこめかみ辺りに、長い髪には不釣合いなくらい大きい羊の様な角が下向きにとぐろを巻いている。
纏っていた服はというと肩は出てて背中はマントを彷彿させるように長く垂れており隠されていたが、そのくせへその部分はこれ見よがしなほど露わになっていた。
下半身はショートパンツとニーソックスで、生まれて初めて絶対領域というものを目の当たりにした気がした。
そしてどんなトリックを使ってるんだか知る由もない(そんな気もない)のだが、長く垂れた背側の布の下から怪獣アンギラスのアレにもっとファンシーさを加味して殺傷力を差し引いたみたいな、先に楕円形の毛玉がくっついた印象のある尻尾が出て左右にパタパタと振れ動いている。
もう、なんていうか……
そもそも髪の色もおかしい。黒や、黄の混じった茶色ならまだしも、正真正銘きれいなピンク色で仮に美容院でやってもらったものだとしても流石にこんな年端もいかないくらいでその色は、あまりに攻めすぎている。
もうここまでくると、黒髪剛毛で垂れないように耳と襟足側は床屋で満遍なく刈り上げてもらっている自分の方が可笑しい気さえしてきた。
そうでなければ、あの小娘の頭が完全にトチ狂ってるかだ。
「どうしたもんか。他にましなやつはいないのか?」
声を掛けてせめて知り合いの大人でも呼んでもらいたかったが、下手に関わったらかえって面倒くさそうだと考えた。
しかたない。ここは一旦穴へ引き返してどこか別をあたろう……。
そう思った矢先、小娘側から動きがありハッとした俺は視線をそっちに集中させた。
小娘は落ち葉の山を前にしゃがみ込んでせわしなく首を動かしてキョロキョロと警戒している様だった。
誰もいないと踏んだ小娘は、徐にそばに置いていた木の枝に手を伸ばすと眼前の小山に引き入れた。
しばらく棒を出したり抜いたりして、また小山に突き刺すと今度は引かずにそのまま棒を掲げだした。
揚げた棒の先には、薄い黄色じみたサツマイモのようなのが燻っていた。
棒を取っ払い焼けたイモみたいな何かを、「萌え袖」した両手で掴み皮をむいてえんじ色のミをむき出すと大きく口を開けパクリといった。
ちっちゃなほっぺたをリスみたいに膨らし、少しもぐもぐすると満足気に顔を綻ばせる。
「はぁ……最っ高~~」
見ていて可愛らしく微笑ましかったのもあり、俺としたことが少し吹き出してしまう。
「ふ、ふふっ……」
「だ、誰ッ!? 誰かいる……ぐうッ!!」
そんな俺の声は小娘の地獄耳に聞き届いてしまったようで、突然声を荒げて警戒しはじめた。だがどこか変だ。
その身を震わせたかと思えば、苦し気になり喉元に両手をあてがい始めた。
まさか……喉詰まらせたのか?!
そう悟ったとき、小娘はすでに両膝を地につけて全身を痙攣させていた。
いてもたっても居られず茂みから飛び出し駆け寄る。
「お、おい大丈夫かお前ッ! しっかりしろッ!」
「ッググ……グウウウ……」
肩を掴んで見ると、顔は真っ青で額には大粒の汗が浮き出ていた。長い睫毛が特徴的な目元は涙が滲んできつくつぶられている。
チアノーゼ状態に陥っていて、一刻の猶予もない。
このまま放っておいたら、最悪ショックを起こして死んでしまうかもしれない。
まずは喉のつまりを解消して気道を確保する必要がある。
そう思い俺は、咄嗟に提げていたコンビニ袋に手を突っ込んだ。
「ええい、背に腹は代えられん! おい、お嬢ちゃん水だぞ飲め!」
川で汲んだ水をペットボトルごと差し出して、徐に小娘の口に寄せた。
「ごくごくごくごく……」
小さな唇をすぼめ飲みだすと、ペットボトルの中はみるみる減っていった。
ある程度飲んでいくと小娘は、今度はむせ始めた。
「うえっ、えっほ、えっほ……!」
ペットボトルを口から放した途端、なんと小娘はわざわざ飲ませてやった水を俺の顔面目掛け盛大にぶちまけやがった。
「うわっ、お、お前……!」
袖で顔を軽く拭いさり、小癪なと思いつつ小娘の顔を見てみる。
青ざめた顔は段々血色を取り戻し、か細くもしっかりと息が弾んでいるようでどうにか切り抜けられたとホッとした。
「すー……すー……」
「あれ、ひょっとして眠った?」
そうとう体力を消耗したであろう小娘は、危機を脱したとみるや俺の腕の中で寝息を立てだす。
「まったく」
ため息をついて俺に身を寄せながら寝込む小娘をみるとなんだか微笑ましくおもえてくる。
子どもって、本当に……。
「どちら様ですか?」
甘々とした気持ちに浸りかけていると突然、ドスの利いた声が耳に突き刺さった。
正面を向くと、金髪碧眼で背もスラッとしたモデル体型のエプロンドレスに身を包んだ装いのキレイなおねーさんが、俺をまるで腐ったネズミにたかるウジを見るような目つきでキツく睨んでいた。
こ、怖ええええええええええええ!!
仕事の関係上、いろんなクレーマーと渡り歩いてきた。
そっち方面では、海千山千の経験を誇るこの俺でさえ怯むド迫力の面構えときたもんだこりゃ!
前髪を後ろにやり、額と生え際があらわになってるからどっちかと言えば般若の面構えに近かった。長く結えられ、右肩にかかっている金髪は怒りのあまり逆立っているように見える。
美人を怒らせると怖いって、本当だったんか……。
「あ、あの。これは……」
「『これから俺はこの眠れる森の
「は、はい?」
突拍子かつド偉く懇切丁寧な早合点をかまされて自分でも間の抜けきった声が出たと思った。
とりあえず、このおねーさんから何か途轍もなく勘違いをされているという事だけは伝わった。
何はともあれこの
「大魔王・ヘルベイル様の庭である
「い、いやあ。お、お呼びでない? これまた失礼……」
「口を閉じろ、この人間風情がァッッッッ!!!!」
――――――――ヂュドンッ!
おねーさんからくるすさまじい程の剣幕と、圧倒的なエネルギーが漲った落雷がいとも簡単に俺のお花畑な思考回路を焼き切った。
……って、オイ!? マジで今このおねーさん俺の前で稲妻落としてきたぞ!?
つーか、激しく光る寸前一瞬静かになったまさにちょうどその時、ドレスのスカートが捲れ上がって中身が――――見えた! 白だった、それもただの白なんかじゃなく純白のガーターベルトを装着していやがった!
タイプだ! いや、タイプとかそれ以前にこの化け物女俺を殺しにかかってきている!
訂正だ。こんなプッツンなタイプに何言っても焼け石に水でしかない!
だがまだ策はある。たったひとつだけ策はある!!
とっておきってやつだから、息がとまるまでとことんやるぜ!
「フフフフフフ」
「何を、笑っておられるので」
俺は笑いながら徐に背広を脱ぐと、今の今まで熟睡を決めている小娘を身体から剥がして地に寝かせその上から脱いだ背広を掛けてやった。
化け物女は俺のそんな振る舞いが奇怪に見えたらしく、痺れを切らしている。
さあて、やってやる。
まずは、肩の力を抜きます。次に深呼吸。あとは、後ろ目掛け回れ右!
そして、力いっぱい全力疾走するだけだッ!
「逃げるんだよォォォ――――――ッ!」
「おくたばりあそばせェッッ!!」
バヂュウウッッ!!
「ビリっときたあああああ!! ……ブハッ!」
五十メートル走九秒代の俺の脚力をもってしても、わずか三歩も満たずに背中から膨大なエネルギーのほとばしりを見まわされ俺は地に臥してしまった。
遠のいていく意識の中、俺は今回のある意味貴重な経験を忘れまいと教訓を遺すことにした。
教訓――――男は諦めが肝心。あと、純白のガーターベルトを白パンに巻き付けたパツキンプッツン女には近づくな。
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