第6話
私たちはレイネスの恋人が姿を消す前に出かけていたという場所を回ることにした。
まず初めに話を聞きに行ったのは八百屋だった。家からも一番近く、話を聞くということを考えると一番都合がよかった。
レイネスに話を聞いてから数日後、教えてもらった八百屋を訪れた。
「こんにちは」
「いらっしゃい、何が欲しいんだい?」
「すみません。食材を買いに来たわけじゃないんです。実は」
そう言ってベノアは今日ここを訪れた理由を八百屋の店主に話した
「なるほど、事情は分かった。だが俺だって流石に店に来る客を一人一人覚えてるわけじゃねぇ、答えられないことだってあるだろう。それでもいいかい?」
それと、と付け足して店主は言う。
「話ができるのは店を閉めてからだ。こっちも商売なんでな、店を開けている以上客の相手をする。だから店を閉めた後にもう一度来てくれ、それでいいな?」
「ええ、かまいません。それでお願いします」
話を終え、お互いに用事に戻る。
図書館、海岸に行こうかと考えもしたが今から行って戻ってくるのには時間が足りない。それで何もしないのも時間がもったいないと思い、あたりの店によって話を聞いてはみたが、結局ただ時間をつぶすだけだった。
店主に言われた時間になり店に戻る。
店の前には店主が待っていた。こちらを見つけて手招きする。
「待たせたな、今日は店は終わりだ。さあ、ゆっくり話そうじゃねぇか」
店主に招かれ客のいない店の中に入っていく。
店と仕切られた奥にはごく普通の部屋があった。部屋だけ見れば八百屋だと気づくこともないだろう。
「ここでいいかい?と言ってもここ以外に落ち着いて話せるようなとこはないけどな」
店主は笑いながら言った。
「それで、何を聞きに来たんだい?人探しをしてるとは言ってたな」
レイネスから聞いた人物像と八百屋に来たはずの日にちを伝える。そして質問した。
「何か、客としてこの店に来た時の様子について気になることはありませんでしたか?」
少しの間考えてから口を開いた。
「ようはいつもと様子の違うところがあればそれが知りたいってわけだ。たまにうちに買いに来る人だからな、顔は覚えてるよ。でも特別何か感じるようなものがあった気はしないな、気になることがあったならきっともっとしっかり覚えてるだろう」
ただ、と付け足して話を続ける。
「少し雰囲気が暗かったな、大体ここに買いに来るような人はみんなにこにこ笑ってるもんだ、暗い顔して買い物に来るのはそうそう見るものじゃないからそこだけは覚えてるよ。あとは何もわからねぇ、客が暗い顔してる理由なんてものを八百屋がわかるはずないからな」
「そうですか」
ただ一言、残念そうな声でベノアは言った。
覚悟をしていたことではあるが実際に有益な情報がつかめないとどうしても気分が落ち込む。姿を消す前に訪れたとわかっている場所が三か所あり、その中で一番詳しい話を聞けそうな場所であったから期待しすぎてしまっていたのだろう。
数少ない糸口だからと期待していたが言ってしまえば店と客の関係でしかないのだ。
姿を消すほどの何かを話す相手としては不十分だろう。そのことを考えていなかったわけではないが、こう現実を突きつけられると残念で仕方がない。
果たして残りの二か所に有益な情報はあるのか、それは考えたくなかった。
「ありがとうございました。あとは自分たちで探します」
「なんだか申し訳ないな、あまり力になれなくてよ。人探しの手伝いはできねぇけど見つけられることを祈ってるよ」
「感謝します」
「今度はその探してる人も連れてうちの店に買い物に来てくれや」
店主の優しい言葉で送られ家に帰っていった。
ベノアとて道場の子どもたちを見る必要がある。次に時間を使えるのもまた日が過ぎてからだろう。そんな限られた時間を使うのだからせめて成果が欲しい。
果たして、残りの二か所を訪れたとき何か手掛かりはつかめているのだろうか。それはあまり考えたくなかった。図書館ならまだしも海岸とは、砂粒の中に手掛かりでも埋まっているとでもいうのか、そんなこと期待できない。
だからと言って他にどこを探せばいいかもわからない、結局は行動してみるしかなかった。
帰り道、考え事をしていたベノアが口を開いた。
「どうすればいいのかわからないんだ、これからこの事件にどうやって太刀打ちすればいいのか。今掴んでいるものが砂のように手から零れ落ちて、何も残らなかったらどうしようか。何か今まで見つけられなかったものを見つけたとして、それは乱麻を断つ快刀になるのか。道の途中で倒れてしまわないかが不安なんだ」
そう口にするベノアの顔は涙でぬれていた。
見ていられなかった。顔を見ずにただ一言だけ、自分にも言い聞かせるように言った。
「どんなことになったって仕方がない。見つからなかったとしても誰かが悪いなんてことはない。きっとそうだと思います。少なくとも僕はそう思っています」
視界に映らない自分の左側からはすすり泣く声だけが聞こえていた。
自分も考えてはいた。報われることはあるのだろうか。もし報われなかったら。けれどいくら考えたってどうしようもなかった。結局なるようになる。報われなかったからと言って何をすることもないだろう。だからいつの間にかこんな風に考えていた。
もちろん見つからなくてもいいなんて思ってはいない。いつまでも見つからないままで終わってしまったらどうしようもなく残念で、きっと取り乱してきれいごとなんて言ってられる余裕なんてないだろう。それでも、見つからない理由がどこにもないのなら溢れ、零れ出る感情の矛先はどこにもない。それはきっと変わらないことだからたぶん自分の気持ちは自分の中だけで人に見せることもなく、小さなしこりのようなものになって残り続けるだろう。
でも、少なくとも自分にできることがどんな小さなことでさえ、もし残っていたのなら、後悔しながら、自分のことを恨みながら死んでいくだろう。
そんなことを小さなころの私は考えていた。
昔のことを思い出しながらこうやって書いているとはいえ今思えば子どもながらに随分物騒なことを考えていたものだ。少しばかり表現は大袈裟になってしまっているかもしれないが、確かにこんな風には考えていた。
しかしこんな物騒な考え方も私を良い方向に向かわせていった。
この後私はどんな小さな手掛かりでもと、残りの二か所、図書館に、そして海岸に足を運ぶことになる。
盲目の王 瑠璃 @ruri_12
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