第5話

考えついた手段、一つ目は自分と同じ状況の人を探し話を聞くことだった。

自分だけでは力不足だと思いベノアにもその話をしたところ協力すると言ってくれた。

とはいえどうやって人を探せばいいのかと考えて二人でいくつかの案を出し合った。

それからは行動あるのみ、空いた時間を見つけては近所で同じようなことがなかったかを聞いて回り、役所に話を聞きに行き張り紙を至る所に貼って回った。

一日にかけられる時間は多くはなかったがその分日数をかけた。とはいえそう簡単に見つかることもなく、少しづつ、自分のしていることは本当に手掛かりをつかむことことにつながるのかとも思い始めていたころ、報われた。

それは役所に来た人が話していたという。

今朝から恋人の姿がない、特別おかしなことがあったわけでもないのに一晩のうちに姿を消してしまった。原因もわからない、何かわかることはないだろうか。

少し前から役所にも人探しの事情を話していたこともあり役人はその話をした人について色々なことを聞いていてくれていた。

役人にその人の名前と家の場所を聞き、話を聞きに行くことを決めた。

遂に見つけた三人目の関係者、話を聞く限りその人もわからないことばかりのようだがそれでも十分に話を聞きに行く価値がある。二人よりは三人、二人に共通するものがあっても偶然であると思わざるを得ないが三人に共通するものがあれば少なからず手掛かりになるだろう。とにかく今はどんな情報でも欲しかった。

数日後、お互いに時間がある日に私はベノアに連れてもらい役人に聞いた住所を訪ねた。家の扉を叩き、名前とここに来た理由を話す。

扉はゆっくりと開かれ、中から人が出てくる。恰好は普通、背は高めで痩せ気味、どこか悲しげな顔をしている男だった。

「待っていました。少しだけ、役所で話を聞いています」

ここではなんだと家の中に招き入れられ、案内された部屋に入り一息つく。

集まっている理由はその場にいる全員同じで話が始まるまでに時間はかからなかった。

「早速、いくつか聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

最初に口を開いたのは訪ねた先の男だった。

「ええ、どうぞ」

「ありがとうございます、それでは、僕と同じように身近な人がいなくなったと聞きました。本当ですか?」

「本当です、この子の親は今どこにいるかわかりません、親がいなくなって何もできずに道端で倒れているのを私が拾いました。」

「そうでしたか、なにか、掴めているものはあるのですか?」

「いえ、今はまだなにも」

言葉を失っていた。顔を伏せしばし沈黙が続く。

とても見続けられなかった。

「ごめんなさい、まだ落ち着いてなくて」

面のようにぎこちない笑顔を張り付けた顔を上げて言った。

「無理もありません、心中お察しします」

「それではこちらから最後に一つ、この件について、いったいどんな行動を起こしているのか聞かせてもらえますか?」

「もちろんです。ここに来た理由もそうなのですが私たちがつかめている情報はあまりにも少ないです。それで今は少しでも手掛かりを掴もうとこうやって同じ状況にある人に話を聞いて回っています。とはいえ話を聞くことができたのはあなたが最初なのでこれから十分な情報がつかめるのかさえ今はわかりません」

「今置かれている状況は大体わかりました。僕にできることならなんでも協力します。なのでどうか、僕の恋人を探してください」

また、顔を伏せる。零れ落ちた雫と涙ぐんだ声で泣いていることはすぐに分かった。

「きっと、この子の親もあなたの恋人も、これから話を聞くことになるかもしれない誰かの大切な人も、全員見つけ出して見せます」

「よかった」

その一言が口から漏れ出したときの表情は、涙で顔を濡らしながら上げた顔は、さっきのぎこちない笑顔なんかよりもよっぽど穏やかだった。

「僕ばかり話していましたね、すみません。今度は僕が質問に答える番ですね、何か聞きたいことはありますか?」

少しだけ肩の力が抜けた彼にこちら側から質問する。

「いなくなったあなたの恋人についてと、いなくなる少し前のことを覚えている限り聞かせていただけますか?」

それから姿を消す前の一週間ほどのことを事細かに話してもらった。

どんな小さなことですら書き留めておいた。毎日どんな様子で過ごしていたか、普段と違うところはなかったか、どこに出かけて行ったか、どのくらいの時間出かけていてたのか。

姿を消すまでの一週間、なにかいなくなってしまった理由がわかるような大きな様子の変化はなかったらしく手掛かりがあるとは考えにくいと判断した。

しかし、海岸、図書館、八百屋、に行ったというのはこれからの情報収集のために役立つだろうと思い、出かけた先を回り話を聞いて回ろうということになった。

「私が覚えているのはこれくらいです」

「ありがとうございます。きっとあなたのこの記憶があなたの恋人を探し出すための手掛かりにつながると思います」

「きっと、きっと見つかります。君のお父さんも、お母さんもね」

私に目線を合わせ彼は言った。

「そうだ、話に夢中になって忘れていましたが名前を名乗っていませんでしたね。私はレイネスと言います。」

「そういえば、こちらもまだでしたね、私はベノアです」

ベノアに続けて私も名前を名乗った。

その後はお互いにこれからについて少し話をしての家を後にした。

家を出て扉を閉める時のレイネスは涙を流し、今日見た中で一番悲しそうな表情をしていた。

大切な人が行方不明になり、手掛かりはなにもない。その事実だけでも辛いだろうにいなくなる前の話を聞かせてくれなど、いくら探し出すためだとはいえ心情を考えると胸が痛くなった。

帰り道、会話はほとんどなかった。思い詰めた表情をしているベノアに話しかけることはできなかったし話しかけられることもなかった。

ベノアは優しい。だからこそ気の毒でしょうがなかった。親がいなくなった自分を拾い道場で同じようなことが起こり、レイネスの話を今日聞いた。

あまりにも不幸な出来事が多すぎる。

自分はまだいい。今でも夜、寝る前にしばらく涙が止まらなくなることがある。どうしようもなく辛い時もあるがもう随分落ち着いた。いつまでも悲しみ続けていては前に進めない、それに希望は無くなっていないのだ。だからこそ今はもう悲しみに囚われていない。

でもベノアに関しては違う。当事者ではない、だからこそどこまでも引きずられる。

優しいからこそ人の悲しみを背負ってしまう、克服できない悲しみを。

きっと一年以上たった今でもまだどこか思うところがあるのだろう。

帰り道で見たあの表情、あれはいまだに、ふとした時に私に見せる顔に似ていた。











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