第4話

夢の内容を思い出していた。もっとも所詮は夢。目に見たことも、耳で聞いたことも鮮明に思い出すことはできず靄がかかったように曖昧なものである。

しかし、あのとき感じていた恐怖は、押しつぶされそうなほどに大きかった恐怖だけは身に染みていまだに消えることはない。

いったいあの夢は何だったのだろうか。あの夢には何か自分の目的に関する鍵のようなものがあったのだろうか。あったとして何が残っただろうか、結局どうしようもなく嫌な夢だったということだけしか覚えてないのだ。

ただ、より一層最悪な結末だけは避けたいという思いは強まっていった。


それから先、私は様々な思いを胸に秘めながら体を鍛え続けていた。話すにはあまりに長い時間であるうえに代わり映えのない内容である故全てを書き残すことはしないが一年という長い時間をかけて遂に初めて剣を振るったときは木でできた剣とはいえとても達成感や心の踊る感覚があったものだ。

これから話すのは私が初めて剣を手にした時のことだ。

稽古から一年、と言ってもわざわざ稽古場に行く必要もないだろうということと店の手伝いをしてもらえると助かるという理由でほとんど家にいた。家だから毎日が楽になるか。というとそうではなく家にいるからこそ夜遅く、寝る直前まで何かをし続けることができて毎日倒れるように眠るという日々を過ごしていた。

そんな日々が終わり私は剣を手にした。木でできた、小さな剣だったが一年という時間の末に手にした重みがあった。



「一年か、長かったような短かったような。まあ、お前からしたら長い一年だっただろうな。」

長かった。この一年、一日一日が本当に長いものに感じていた。毎日やることに追われ続け、休む暇のない日々だった。しかしそれは良く言えば無駄のない日々を過ごしていたということ。長かった一年という時間は確かに自分に自信をつけた。

「さあ、久しぶりに行こうか。お前に渡すものがあるからな」

心の中では緊張と喜びが共存していた。

もちろん長い体づくりの末、遂に剣を手にする。と考えると言いようのない気持ちで心はいっぱいだった。その反面やはり手に持つのに一年という時間が必要であると考えるとその存在は大きなものに見えた。

家から稽古場までの道はとても長く感じた。それなのに頭の中は真っ白で何かを考える余裕なんてものはなかった。気づいた時には立っていた稽古場の前、勢いに任せて門をくぐり、連れられるままに奥の部屋へと入っていった。

「この一年よく頑張った。その体を見ればどんな毎日だったかわかるような気がするよ。さあ、これは今からお前のものだ。そして、覚えておいてほしいことがある」

声色が変わった。それまでの空気が一変した。怖さを覚えるような声ではないもののその豹変ぶりに息をのんだ。

「これは木でできた剣だ。もちろん本物の剣ほど危険なものではない、振れば人の命を奪うようなものではないからな。でも確かにこれは剣であり、自分の身を守るためになにかを攻撃するための武器なんだ。たとえ偽物であろうともそれは変わらない、それだけはこれから先忘れないでくれ。」

とても重い言葉だった。しかし自分を押しつぶす、そんな負担になる重さではない。海に浮かぶ船が波に流されることのないように下ろす錨のような、揺れ動くことのない自分を作り上げてくれる重さだった。

剣を持つということがいったいどんなことなのか、それを改めて思い知らされた。

覚悟を決め、ゆっくりと深くうなずく。

渡される剣は材質や大きさなんて関係なしにその手に確かな重みを感じさせた。それは店の手伝いで運んでいた荷物など軽く感じるようなほどだった。

ここに来るまでの自分ならどうだっただろうか、いや、さっきの言葉を聞く前の自分ならどうだっただろうか。ここまでの重さを感じていただろうか、きっともっと浮かれていただろう。一年という長い時間は剣に対してのあこがれを少しずつ増幅させていった。そしてついにこの日が来た、待ち焦がれたそれを手にする日が、とても落ち着いているとは言えなかった。そんな心を見透かしていたのかもしれない、だからこそ深く突き刺さり今一度考えを改めることができた。今の自分はこの一年で一番冷静だと言えるだろう。そしてこの心は剣を置くその時まで大切にしよう。

心身ともに出来上がった自分がしたのは次の段階に進んだ稽古だった。

今まで体を鍛えることだけをしていた自分はもちろん剣の振り方など知らない、ただ力任せに剣を振るだけではないことはここにいる人達を見たときにすでに知っていた。素人目に見てもわかる、確かな技術の上に成り立っている剣技、同じくらいの子どもとは言え到底馬鹿にできるようなものではない。

それにあこがれていた。

目的は一年前に、そして目標は目の前に。今の自分を突き動かすにはその二つで充分だった。

その後、ベノアにこれからどんなことをすればいいのかを聞き、早速稽古に取り掛かった。それからはまた一年、稽古漬けの日々を続けていた。先の一年と同じように一つのことだけを考えて過ごす日々だったから長々と語ることはない、いくつかの出来事を除いては。

剣を手にしてから二か月ほどたったころだった、私よりも前に道場に通ってきていた子どもの親がいなくなった。噂で聞いた程度の内容しか知らずいつどこで、なんてことはわからないけれど自分に重なるものを感じ気にせざるを得なかった。

どうしても自分の身に起こったこととの関係性を疑ってしまっていた。もしかして自分の親とその子の親は同じことに巻き込まれているのではないか、掴めていた手掛かりが少ないこともあって状況が同じというのを偶然と思いたくなかった。

何かしら話が聞きたい、そうは思いながらも直接話を聞くのははばかられたのでベノアに話を聞いてみた。

「聞きたいことがあるんです」

「どうした?何かあったか」

「この前、親がいなくなった人がいたって聞いて」

「ああ、確かに、その話は本当だ。あまり言いふらすようなことでもないからみんなの前では言わなかったが、お前にはそうだな」

言いにくそうにしながらも話を聞かせてくれた。

「いなくなったのはお前の一つ年上の男の子の両親だ。会ったこともあるが特別問題を抱えてそうな人でもなかった。だからいなくなった原因は俺にもわからない。お前の親と面識がないから共通点があるかなんてこともわからないんだ、なにか手掛かりになるようなものがあれば良かったんだが」

顔を伏せて申し訳なさそうにベノアは言った。

ただ、そんな顔は目に映らず頭はひたすらに思考を巡らせていた。

確かにいなくなった全員と面識のある人はいない、でも他に姿を消した人はいないのだろうか?

姿を消した人間を複数知っている人間がいるのではないか

今まで顔も知らない他人だったとはいえこの道場の中に事件に関係のある人間が二人、とてもではないが大きな道場とは言えない。そんな中に二人もいるのだ、探せば他にいてもおかしくない。

不幸な目にあった人間を探すと考えると自分でも嫌な考えを働かせるものだとは思ったが自分と、いるかもしれないその人のために情報を集めるべきだと割り切った。

そしてそれを伝えた。

「もしかしたらここ以外にも人がいなくなる事件が起こっているかもしれないと思っていて、もしよければ、一緒に探して欲しい」

ベノアは嫌な顔一つせず了承してくれた。


この時から私は今まで以上に目的に向かって行動を始めていった。

その一つ目は自分以外に自分と同じ状況の人を見つけたことをきっかけに、手掛かりの探し方を模索し始めたことだった。






















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