最終話 ハッピーマイライフ、サンキューゾンビ

「お嬢ちゃんと吉野君の話で、吉野君の言いたいことというか、考えてることもだいたいわかった」


 吉野君が引きこもりってのは聞いてたが、家庭の事情で監禁されてた引きこもりだったと。アンジェリカちゃん――もと金髪の、今は斑白髪の金髪青い目の女の子――も、いろいろ話してくれたが、本当に中学二年生なんだろうか?喋り方が幼いような。もともとの性格ならいいけど、目の前で父親が自殺したショックで幼児退行してんじゃなかろうか。

 吉野君は黙って俺がなんか言うのを待っている。あー、チクショウ。


「わかったよ。話すよ、話せばいいんだろ?中学のときなんだが、体育で水泳の授業があってな。プールで男女合同でやってたんだよ。そのときにプールで泳いでいる同級生の女子を見て、『あぁ、美味そうだ』と、思ったことがある。その後にゾッとした。同じクラスの女を見て、『なかなか、おっぱい大きいな』とか考えるなら男としては健全なんだろうが、『美味そう』ってなんだ?それ、人間失格だろう。だけど、1度気がついてしまったものはどうしようも無い。それ以来、頭蓋骨の裏側にそんな考えがこびりついてしまった。で、人付き合いから逃げるようになって、女と話すのも苦手になった。こんなこと誰にも知られるわけにはいかんだろう。精神病院に行って薬飲んだら治るってもんでも無いだろうしな。同級生、教師、家族、同僚、誰にも知られないように、気付かれないようにこれまでやってきた。こんなこと一生口にするつもりは無かったんだがなー。

 つまり、こういうことなんだろ。牛痘にかかった人間は天然痘に感染しない。ワクチンってやつだよな。牛痘にかかって治ったやつには牛痘と天然痘に対して抗体を持ってるからだ。で、俺らは食人嗜好って病にもともと感染してるから、それの上位版のゾンビに対しての抗体をもってる。しかし、ゾンビのほうが強烈なんで、もともとの食人嗜好対象を目にすると歯止めがきかなくなる」

 言うだけ言って、二人に背を向けて上を見る。見えるのは音楽室の天井だけなんだが。

 ふーーーーー。まぁ、ゾンビだらけ、人喰いだらけのこの世の中で、今さら俺の特殊な性癖をカミングアウトしても、べつにどうということも無いんだが。


「考え方としては、もうひとつあります。自分達はゾンビに噛まれる前から食人嗜好があった。でも、それは社会的に認められるものでは無いから、無事に生きていくために隠す必要があった。食人欲求を感じても、我慢していた。それは、毎日、毎時間、毎分、食人衝動を抑える訓練をしていた、とも言えます。自分達は食人衝動を抑え込むのに慣れているんです。

 でも、他の人達は違う。そんな衝動を感じたことも無ければ、我慢したことも無い。ゾンビに噛まれて感染して、あの暴力的な食欲に襲われたときに、意識も理性も人格も飲まれて無くなってしまう。人を食うことしか考えられなくなって、それ以外の意識も無く、痛みも感じなくなって、生きている人間を食べようと探している。それが、今うろついているゾンビなんじゃないか、と」

「食人衝動を抑えられるヤツ、食欲をコントロールできるヤツだけが、ゾンビに噛まれても、意識と人格を保つことができる、ということか」

「とは言え、ゾンビに噛まれた後の方がブレーキが効かない。特定の対象には歯止めがきかない。それでもある程度欲求が解消すれば、満足すればもとに戻ってこれる。これは自分の実体験で確認済みです」

「その仮説でいくと、今、外にいるゾンビ共は『生きている死体』では無く、感染して意識も自我も無くなって、痛みを感じなくなった、人を食う、生きた人間ということになるのか?」

「そうですね、そうなりますかね。ただ自分達のようにケガの治りが早いとか、生命力が強くなっているのかもしれません。睡眠の必要も無くうろついているみたいですから」

「生きている人間を食うのがゾンビなら、あいつらはなんで共食いしない?」

「それは……わかりません。例えばゾンビの原因が寄生虫で、寄生虫の目的が繁殖なら、すでに寄生虫がいる個体が対象外になる……とか。んーこれは言ってみたものの、自分でも怪しいですね。でも自分達3人については、ゾンビに噛まれる前から食人嗜好があった。これは共通してます」

「そうなると、これから出会うかもしれないゾンビに噛まれても無事なヤツってのは、ゾンビに噛まれる前から人を食いたいって考えてた頭のおかしい人ってことになるなー」

「そうなりますかねー、頭がまともな人はそのままゾンビになるわけですね」


 このゾンビパニックがどこまで拡がっているかはわからないが、世界中に拡大したら人類は、ゾンビに噛まれて人喰いになった元人間と、もともと人喰いだった人間失格しかいなくなってしまうわけだ。早いとこ人類を絶滅危惧種に指定して保護しないと、あっさり食いつくされてしまいそうだな。


「あと解ったのは、無事な人間に会ったときには、自分は第二次性徴期前の子供、男女問わず、小山さんは中学生くらいの女の子、アンジェはパパさんとママさんに似た人に、気をつけるってことですかねー」

「この先、無事な人間に会えそうなら、そーすっかねー」


 けっこう長々と話してて、腹が空いてきた。思い返せば、昨日の昼にパン食べてから吉野君は男の子、お嬢ちゃんはパパさんをディナーにしてたけど、俺は飯食ってない。


「とりあえず、下のワゴンまで行ってなんか食おうか」

「そうですねー、のど乾いたので、水が欲しいですね」

「お嬢ちゃんはどうする?俺らと行くか?」


 俺と吉野君の話を座って黙って聞いていたお嬢ちゃんは、


「ちょっと、待ってて」


 そう言って、パパさんの死体に近づいて跪いた。手を組んで目をつぶって祈っている。祈り終わったらパパさんとキスをしてから、小声でなにか囁いて、お別れがすんだようで、こっちに来て一言、


「アンジェ」

「ん?」

「お嬢ちゃん、やめて、アンジェって呼んで」


 このやりとり、さっきもあったな。相手は吉野君だったけど。


「わかった、アンジェ。で、これからどうする?」

「連れてって下さい。お願いします」


 アンジェはペコリと頭を下げた。


 一階まで降りて校庭に出る。校舎にも校庭にもゾンビがうろついている。昨日噛まれた人達はまだ起きてない、ゾンビになって無いみたいだ。飯にするにはゾンビのいないとこにするか、とワゴンに乗って移動する。


 公園があったのでそこにワゴンで乗り込む。アンジェの顔と首が固まった血がこびりついているので、吉野君がウェットティッシュで拭き取っている。


「アンジェの服が必要ですねー血塗れですよ」

「これからのために底の厚いブーツとかも欲しいな」

「ガソリンはまだありますか?」

「どっかで補給するか、セルフのガソリンスタンド使えねーかな?」


 なにはともあれ、腹ごしらえだ。飯食いながら考えようか。ワゴンの後部ドアを開ける。水と食糧はいっぱいあるし、天気も良くて暑いぐらい、公園にシートを広げたらピクニックだな。二人にペットボトルの水を投げる。アンジェはすごい勢いでぐびぐび飲む。水が無かったって言ってたっけ。むせてゲホゲホしてんのを吉野君が背中をさすっている。なんだーこの和む光景は。食糧の入ってる袋を開けて見る、缶詰が多いが日持ちのしそうな菓子パンにカップ麺もある。


「アンジェー、なに食べたい?」

「お肉、食べたい」


…………なに?

「………くっ」


 アンジェさん、あなた、昨日、パパさんを食ってたよね?


「…くくっ、かはは、はは、」


 あれだけもりもり食っておいて、


「あはは、はは、ぐふっ、くくく」


 お肉・・食べたい・・・・


「くぁははははははははははははははははひははははははは!」


 笑った。久しぶりに大笑いした。


「あはははははははっは、きはっははははははははははははは!」


 笑いのツボが同じだったか、吉野君も腹を抱えて笑っている。


「?えへ、えへへ?」


 アンジェも、つられて笑っている。あごが痛くなって、腹が痛くなるまで大笑いした。こんなに笑ったのは、実に何年ぶりのことだろうか。


 

 ゾンビが現れて、

   飢え死にしないで助かった。

 ゾンビが街に来て、

   愉快な『同族』に出会った。

 ゾンビが街中うろついて、

   久しぶりに腹の底から笑った。

 ゾンビがあちこちにあふれて、

   俺は俺の人生を楽しめそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喰らい死す!クライシス! 八重垣ケイシ @NOMAR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ