第20話 吉野くんの推理

 アンジェリカさんの話を聞いてひとつ思いついたことがあり――え?『さん』はいらない?アンジェでいい?あ、はい、わかりました。アンジェの話を聞いて思いついたことがあります。思いつきの仮説ですが。

 その前にちょっと自分の話を聞いて下さい。そのあと、小山さんに聞きたいことがあります。


 自分は2年ほど引きこもり生活をしてました。好きでやってたわけじゃ無いんですけどね。どこから話したら解りやすいかな、えーと。自分の実家は田舎で、祖父が厳しい人でした。田舎の町でも、吉野の家を知らない町の人がいません。まぁ、名家気取りの戦争成金の成れの果てなんですが、広い土地と大きな工場を持ってるので、自分も町では吉野の家のお坊ちゃんという扱いでしたね。祖父に叱られるときはいつも、『お前一人が恥をかくのはかまわん。だが、吉野の家に恥をかかせるな』と言われてましたね。田舎で面子とか体面が大事なものなので。


 そんな吉野の長男の息子なので、外面と評価を気にして割りといい子で過ごしていました。町でも吉野の孫として、そこそこいい評判だったかと。まぁ心理分析とかだと、この環境が抑圧的だとかになるんでしょうね。


 自分はいつ頃からかわからないんですが、気がついたときには、その、えー、子供をですね、痛めつけて食べたいと考えるようになってました。自分でもなんでそんなこと考えるのかなんて解らないです。心理学や精神分析の本を読んでも、原因を推察することはできても、この頭の中の考えを綺麗に消し去ったりはできないんですよね。


 吉野の家の恥になるわけにはいかないから、自分はそれを隠して、誰にも気付かれないように表面を取り繕って生きてきました。自分の食人嗜好を誰にも気づかせないように、自分でも気がつかないように蓋をして隠していました。なので、自分が第二次性徴前の子供に嗜虐心や食人欲を感じるのを人に話すのは、これが初めてです。家族にも精神科の医師にも話したことはありません。


 自分の欲求を押し隠す生活に無理がきたのか、高校に入学してから無気力になりなにもする気が起きなくなりました。成績も落ち人と話をするのも面倒になりました。成績が悪くなりすぎて二年生への進学ができなくなり、留年を出したくない進学校なので自主退学を勧められました。心配した母に連れられて精神科の医師の診察を受けたところ、境界性人格障害又は精神分裂病と診断されました。


 これに祖父はカンカンに怒りましたね。高校を中退した挙げ句に精神病などと、この吉野の家の恥さらしが、と怒鳴られました。これ以上、町の者にその顔を晒すな、この吉野の恥が、ということで家の倉に閉じ込められて、1年ほど外出禁止で暮らしてました。倉の暮らしはわりと居心地は良かったですよ。人に会わなければ、自分が子供を襲う心配も無いですから。


 でも、1年立つと今度は『吉野の家では孫を監禁している』と噂が出てしまい、吉野の分家のひとりが持っている都内のマンションに引っ越すことになりました。自分がマンションから外に出ないことを条件に、本家から仕送りがあるので、自分は今度はマンションに引きこもりました。1年前から母と二人暮らしが始まったんです。自分は母に苦労ばかりかけているのですが、母は『あんなプライドだけで頭のおかしい人達と離れられてせいせいするわ』とか『喜一のおかげで東京で暮らせる』って喜んでましたね。


 本家からの仕送りで十分暮らせるのですが、母は外に仕事に行くようになり、自分が家の中のことをするようになりました。自分の無気力症は家族との生活からくるストレスが原因だったみたいで、家族と離れて暮らすことで元気になっちゃいましたね。ゲームばっかりしてましたが。料理にこってみたり、通信教育を始めてみたり、マンションの外に出れない以外は、充実してましたね。


 そんな生活をしてるときに、このゾンビパニックが起きたわけです。

 それで小山さんに聞きたいことというのは、あ、なんかすごい嫌そうな顔してますね。小山さんがそういう顔すると怖いんですけど。

 アンジェはママを食べて、ママそっくりになりたいって言ってましたよね。自分も小さな子供を殺して食べてみたい、という考えにとりつかれていました。自分もアンジェも、ゾンビに噛まれる前から、食人嗜好を持っていたわけです。そして、自分達はゾンビに噛まれた後もこうして意識はしっかりしてて、会話をすることもできる。人肉以外の食べ物を美味しいと感じて食べることもできる。


 もう世界は変わってしまった。自分達が社会から見つからないように隠していたことも、その隠す相手がいなくなってしまった。


 だから小山さん。正直に答えて下さい。小山さんも人を殺して食べてみたいと考えたことがあるんじゃないですか?

 ゾンビに噛まれる前から、人を食べたいという、理屈のわからない思いを感じたことがあるんじゃないですか?

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