黒紅2
森の中は鬱蒼としていて、暗い。エレンやイグナスさんが纏う淡い光を頼りに進んでいた。進んでも進んでも、木しか見えてこない。間隔も狭いから、燃やさないように進むだけで気疲れする。
「ちょっとイグナス、本当にあってる?」
エレンが文句を言いたくなるのも納得だ。このままいったら、森を通り抜けるんじゃないかな?
「・・・こっちだ。」
イグナスさんが右の方に入っていく。僕たちも慌てて後を追った。さらに道が狭くて、そのうち僕の体は挟まってしまいそうだ。2人は小柄なティアメイルだからいいけど・・・。
「こっちであってそうですね。」
「ああ。奥の方、開けたところがある。」
「そこにありそうね。」
「用心して進めよ?」
「はい。」
「わかってる。」
先頭から、イグナスさん、エレンで、
やがて目の前が開けたところに出ると。
「うわっ・・・!」
「何よこれ・・・。」
そこは禍々しい「死」の気配に包まれていた。濃い腐臭が鼻をつく。そこにいるだけで体が重くなる。気を抜くとティアメイルが解けそうだ。間違いない。ここが、死霊の・・・。
「あら。よくここを見つけたわね。」
死霊が湧き出てくる黒い渦の前に、女性が立っていた。落ち着いた、優しい声。まるで母親が子供にかけるような。
「さすがティアの眷属たちといったところかしら。王女様に公爵の御子息に、スタンフォード元公爵家の末裔。面白い顔ぶれね。」
「・・・お前が番人か?」
「ええ。ブルーノ様よりここの守りを任されているの。私はヘルガ。樹木の精霊、ブロード・ヘルガ。よろしく。」
ヘルガ・・・。確か、ティア・ブルーノが『雀の涙』にやってきたとき、名前を聞いたっけ。というか、
「樹木の精霊って!」
「ええ、400年前の戦いでティアを裏切った精霊ね・・・。」
「ティア・ブルーノが要所を任せるような人物なら、奴に相当の信頼を置かれているんだろう。そして、とても強いはずだ。」
イグナスさんの言葉に、僕はゴクリとつばをのみこんだ。
「悪いけど、その渦は壊させてもらうわ!」
「まあ、威勢のいいお姫様ね。元気がいいのはいいことだと思うわよ。」
ブロード・ヘルガが両手を挙げると、渦の周りの木がそれを守るように伸びた。
「2人とも気を引き締めろ。来るぞ・・・!」
「さあ、始めましょう?」
足元から木の根が伸びて、僕たちに襲いかかる。危ういところで避けて、木なら燃えるだろうという単純な考えで、僕たちを追いかけてくる木にいくつか火の玉を飛ばした。当たったところに火が付いて燃え始めたが、すぐに消えてしまう。木は勢いを落とさず、僕の左下の翼を貫いた。
「——っ!!」
「ふふっ、当たった当たった。」
「ジャック、大丈夫か!」
「っ、大丈夫、です。」
一瞬崩れた体勢を立て直し、翼に霊力を集めて翼を治してもう一度飛び上がる。強い「死」の力が僕の霊力を徐々に吸い取っていくのを感じる。今度体の修復に霊力を使ったら、ティアメイルが解けるだろう。絶対に避けなくちゃ。
「なんで燃えないのかしら・・・。普通なら、木は火に弱いはずじゃない。」
「全く効かないわけでもなく、かといって燃やすこともできないとくれば、樹木の霊力は秋の霊力なんだろう。秋と夏の相性は良くも悪くもない。だから効かないこともないが決定打にもならないんだ。エレンは絶対に当たるなよ。ジャックよりもダメージを喰らうぞ。」
「わかった。ジャックも気をつけてね。」
「うん。もうヘマしないよ。」
話している間にも、木は僕たちを貫こうと迫ってきている。避け続けて段々とブロード・ヘルガから離れていっている。近づかないと、攻撃が・・・!
「ジャック、飛び上がって!」
翼で空気を打って上空に上がった。下を見ると、大きな木の塊、口だけの化け物が僕がいたところに食らい付いていた。エレンの指示がなかったらと思うと、ぞっとしない話だ。その化け物に、イグナスさんが風の刃を飛ばす。刃が当たり、化け物の口を真っ二つに切り裂いた。咆哮を上げて化け物が落ちていく。
「! 効いた!」
「やはり秋の霊力だったか。思った通りだ。」
遠くからもブロード・ヘルガの顔が曇ったのが分かった。
「・・・あの子たちも考えたものね。1つのグループに4種類の霊力すべてを入れておくなんて。どんな霊力の者が敵にいても備えられるように、かしら。ここは一人いないようだけど・・・なかなか厄介ね。」
僕とエレンに伸びていた木々が、イグナスさんに向かっていく。それをすべて切り落とし、彼はブロード・ヘルガに向き直った。
「エレン、ジャック、援護を頼む。こいつは俺がどうにかしよう。」
頷いて、イグナスさんの周りを炎で囲む。援護中に攻撃されたら困るので、エレンにも。
「一気にけりをつける気?」
切られてなお攻撃を続けていた木々が一瞬動きを止め、ブロード・ヘルガに集まっていく。そしてそのまま、彼女を包み込んだ。
「そうさせるわけにはいかないわね。私も、本気を出しましょう。」
暗い黄緑の光に覆われながら、木々が形を変えていく。
「ティアメイル〈
言葉と同時に光が消え、そこに立っていたのは、黄金に輝く角を持った木の大鹿だった。
「400年ぶりかしらね。この姿も。」
「ティアメイル・・・!」
「この渦に、手出しはさせない。」
ブロード・ヘルガが角を振りかざすと、さっきよりも細く、でも鋭い木々がイグナスさんに襲いかかっていく。僕はエレンを守る炎を強め、イグナスさんは僕らの周りに大きな竜巻を起こして木の攻撃から守ってくれている。
「チッ、厄介だこと!」
「俺たちもこの国をみすみすと渡すわけにはいかないんだよ!」
竜巻を掻い潜ったいくつかの木がイグナスさんの体に傷をつける。でも竜巻をぬけたことで力が落ちているのか、大した傷にはなっていなかった。ブロード・ヘルガの攻撃は僕とエレンには向かってきていない。敵はどうやらイグナスさん1人を脅威とみなしたらしい。
「エレン、念のため回復を頼む。」
「わかった。」
傷の部分が光に包まれ、元に戻った。その間にも木の攻撃はイグナスさんを襲っている。やがて、攻撃が止んだ。
「? 霊力が切れたんでしょうか?」
「いや、400年以上生きている精霊が、霊力を使い果たすような、そんなヘマをするとは思えない。」
「確かにそうね。」
「ジャック、守りを強化しろ。」
「はい!」
エレンを取り囲む炎を最大火力にあげる。直後、太い幹が鞭のようにしなりながら、竜巻を潜って現れた。その威力は竜巻を抜けても落ちておらず、イグナスさんの前脚を吹き飛ばし、エレンを守る炎を蹴散らし、僕の翼の間を抉った。
「イグナス!ジャック!大丈夫?しっかりして!」
エレンの声が遠くの方で聞こえる。僕の集中が切れ、わずかに残っていた炎も消えた。竜巻もさっきよりも弱まっている。
「僕は、大丈夫。イグナスさんを・・・。」
「回復ならさっきからやってるわ!夏の霊力が春の霊力と相性悪いなんて最悪!誰が決めたのよそんなの!」
「自分で何とか、するよ。」
エレンの〈
「どうかしら!結構効いたんじゃなくて?」
ブロード・ヘルガの楽しそうな声が聞こえる。頭がクラクラする。回復に時間がかかりすぎている。僕の周りに竜巻が出現した。
「ジャック、そこで休め。」
「はい、すいません。」
「大した守りにはならんだろうが、少しはマシだろ。」
秋と夏は相性が悪いが、触れていなければ無効化はされない。周りを包んでいるだけなら大丈夫。僕はまず回復に専念することにした。
「イグナス、無茶しないでね。」
「ああ、任せろ。」
ゴウッというものすごい音がした。はっきりしてきた頭で、竜巻に穴を開けて外を覗く。大きな竜巻が消え、代わりに小さな竜巻が周りの木を巻き込み踊っている。ブロード・ヘルガの姿が見えない。
「出し惜しみしていられないってことは分かった。これでも『雀の涙』最年長だ。舐めんな。」
竜巻の中から木が足掻くように飛び出してきて、やっとブロード・ヘルガがどこにいるのか分かった。あの竜巻に囚われているんだ。
エレンが竜巻の方に飛んでいった。戦いの間もずっと死霊を吐き出し続けていた渦に近づいていく。
「やっと終わりね。消えなさい、〈金糸雀〉!」
エレンの体から黄色の光がいくつも放たれ、連なって渦の力を吸う。渦はだんだん縮み、そして、消えた。僕たちの勝ちだ。
***
ブロード・ヘルガの抵抗はしばらく続いていたが、だんだんと力が弱くなっていった。木が見えなくなった頃、イグナスさんが竜巻を消すとそこには人形くらいの大きさの黒髪の少女が座り込んでいた。
「え、誰?」
「誰も何も、ブロード・ヘルガしかいないだろ。」
「嘘、こんなにちっちゃくなかったじゃない!」
「忘れたのか?こいつも精霊だ。体が霊力でできている限り竜巻に触り続ければ縮むこともある。違うか?」
イグナスさんが問いかけると、少女は立ち上がって笑った。
「合ってるわよ。あなたはなかなか賢いのね。それに強かった。」
「他にも死霊の発生源があるんだろう?場所を教えろ。」
「すんなり『はい、いいですよ』とは言えないわねえ。」
「だよね・・・。」
「言わなきゃ聞き出すまでだ。」
イグナスさんがもう一度竜巻を作りだし、ブロード・ヘルガに向ける。顔を引き攣らせて少女は僕の後ろに隠れた。
「わかった、わかったわよ。教えてあげる。言わなかったら消されそうだもの。ああ、でも言っちゃたらブルーノ様に消されるかもね。」
「別に構わん。早く連れて行け。」
「その前に、森を直させてもらえない?あなた達も休んだら?」
「僕たちが休んでる時間はない。」
「私は街にいる死霊を消してこなきゃいけないわ。」
「そういうことだ。早くしろ。」
ブロード・ヘルガは不服そうな顔をしたが、鈍い黄緑の光を周りに放ち、たくさんの若木を生やした。そしてそれをさらに伸ばし、あっという間に元のような鬱蒼とした森が蘇った。
「お待たせ。行きましょうか。」
「ちょっと待って、私の目的も果たさせてよね。」
エレンもたくさんの光る羽を街中に飛ばし、ちょっと間を開けてから満足そうに頷いた。今度こそ出発だ。
***
僕たちはティアメイルを解き、イグナスさんが出した運搬用の竜巻に乗って移動した。ブロード・ヘルガは消えないように僕の頭の上に乗っている。
王都に着くまでには、さっきの街の他に3つの街や村がある。そこを通過しながら、エレンは〈金糸雀〉を飛ばして死霊の退治と死者の蘇生を行った。それらの街にはあの黒い渦は無かった。
「渦は残り3つあるんだけど、全部王都なのよ。」
とブロード・ヘルガ。
「なんで王都にばっかり!いや国民に被害が少なくなるならいいけど・・・。パパやママに何かあったら、どうしてくれんのよ!」
「どうもしないわ。ブルーノ様の考えることは、分かろうとするのも失礼だもの。私は命令通りに動くだけ。」
「やけにすんなりついてきたが、俺たちに渦を教えるのも命令されてるんじゃないだろうな?」
イグナスさんが冗談めかした口調で言う。僕とエレンは笑ったが、ヘルガの表情は硬い。
「・・・そんなわけないじゃない。あ、ほら王都が見えてきたわ。」
身を乗り出してヘルガの指差す方に目をこらす。石造の立派な王都はあちこちが壊され煙が上っている。王都に入ってすぐの南門に、死霊を生み出す黒い渦が見えた。
「あそこが一箇所目。あと2つは西門と・・・そうそう、北東よ。」
「本当だろうな?」
「当然よ。何されるかわかったものじゃないんだから、嘘をつくのは賢くないわ。」
「全部の渦に、ヘルガみたいな精霊がいるの?」
「いいえ、ブルーノ様の手下の中で精霊は私だけよ。他の守りは全部あの方が作られた死霊がしているの。ただ、ちょっと強いけどね。」
「一番強い精霊を王都じゃなくてあんな森の中に置いたの?変な布陣ね。」
「言ったでしょう、ブルーノ様の考えは分かろうとするのも失礼だって。」
「遠いところで足止めしておくつもりだったのかもな。」
「・・・。」
「ああ、なるほど。」
「ほんと、失礼な精霊たちだわ。」
ブロード・ヘルガは溜息をつく。僕たちは王宮の前の広場に降り立った。
その後はとんとん拍子だった。ヘルガの指示通りに渦に行き、襲いかかってくる死霊を避けながらエレンが霊力で渦を消していく。あっという間に3つの渦が消えた。
「死人の蘇生は最後にしろ。これから、もっと被害が出るかもしれない。」
「そうね。もっともだわ。」
ティア・ブルーノの城は王宮の後ろから禍々しく顔を覗かせている。僕は来たる大きな戦いのことを考え、小さく身震いした。
十一の宝玉 旭 東麻 @touko64022
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。十一の宝玉の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます