黒紅1
朝。ベッドから出てカーテンを開ける。窓から外を見ると、昨日の快晴とは一変、灰色の雲に覆われた空が見えた。
「〈
この国では、曇りというのが一年を通して少ない。〈初雨月〉は1ヶ月間ずっと曇りだから、それだけで一年の曇りのほとんどを占める。冬に曇りになることなんてほとんど無いのに、変だなあ。
身支度が終わって下に降りると、ティアたちとイワンさんが何やら神妙な顔で話し込んでいた。イワンさんが僕に気づいた。
「おはようございます、ジャック君。」
「おはようございます。何かあったんですか?」
「どうやら、ティア・ブルーノが侵攻を始めたようなのです。」
「え、でもまだ、予定の期限まで2ヶ月あるはずじゃないですか!」
「ええ。ですから早急に対処に出なくてはいけません。朝食をとっている暇も、どうやらなさそうです。」
「ジャック、会議室に全員集めろ。」
「はい!」
館中を駆け回り、寝ている人はたたき起こして、五分後、僕は会議室にいた。
「一体何なの?こんな朝っぱらから。ボクまだ寝てたんだけど。」
「緊急なのか?」
「とにかく、全員座ってください。説明をします。」
イワンさんの呼びかけで全員が席に座る。イワンさんが頷き、口を開いた。
「ティア・ブルーノによる侵攻が、開始したようです。」
「嘘でしょ!?」
「ティア・ブルーノは4ヶ月後と言ったのではなかったのか!」
「まだティア・メイルに慣れていない人もいるのに・・・。」
一気に会議室が沸いた。想定はしていたことだけど、ここまで混乱が大きいとは思わなかった。
「静かに。ティア・ブルーノが約束を守るとは限りません。当然のことでしょう。切り替えて、すぐに全員で戦闘の準備を。」
「4グループに分かれて行動する。あとで伝えるから、とりあえず外に出ろ。」
スロ様に従い、全員で連なって外に出た。扉を開けた途端、腐ったような異臭が鼻をつく。顔をしかめながら外に出ると真冬の寒さが肌を刺し、空を見上げると紫色の雲が上空で渦を巻いているのが見える。隣でエレンが眉をひそめているのが見えた。
「何このひっどい臭い!」
「死霊軍が動き出すと、この臭いがするんですよお。そのうち慣れるので、ほっといても大丈夫ですう。」
「そんなこと言われても・・・。」
「ティア・ブルーノの本拠地は王都近くにある。イワン、イヴ、クラリス。儂と一緒に来い。王都まで東の湖付近を通っていく。パロはハインリヒ、グラント、ステラを連れて西の平原を、ルロとスロはサンドラとクロードを連れて北方のボールデン領あたりを攻めろ。エレン、ジャック、イグナス。お前たちはこのまま峠をまっすぐ越えて、森から王都に直接入れ。途中で死霊に出会ったら問答無用で倒せ。」
「俺達にはティアがつかないのか?」
「ああ。エレンの〈
誰も手を挙げない。頷いて、ガロ様が号令をかける。
「お前たち、覚悟はいいな?必ずティア・ブルーノを倒し、このスヴァンストルを守り抜くのだ!全員無事に会おう。さあ、ティアメイルを発動するのだ!」
僕の見ている前で、皆が次々と姿を変えていく。イワンさんは龍に、ステラさんは白い狐に、イヴさんは煙の塊みたいな体に。他の人達も、動物のような姿になっていく。僕も目を閉じ、ティアメイルを発動した。
さっきガロ様に伝えられた4つのグループに分かれ、それぞれのルートで王都に向かう。僕は王都までの道を知らないので、エレンとイグナスさんが先導だ。ガロ様はティアがいなくても大丈夫って言ってたけど、正直ちょっと心配。イグナスさんは最年長で経験も豊富だろうし、エレンは元々の霊力が大きいから大丈夫だと思うけど、僕は・・・。足引っ張らないようにしないと。
峠を越え、ハクスリー領やターナー領を過ぎたところまでは、死霊に会わなかったけれど、王都に近くなるとだんだんと死霊が出始めた。一匹、二匹だったのが、十体、二十体と増えていき、街に入った頃にはそこら中に死霊が。
「ジャック、あれ!」
エレンの指差した方向を見ると、少女と母親が死霊の群れに襲われているのが見えた。
「助けるぞ。」
「はい!」
イグナスさんが風の刃で親子の近くにいた死霊たちを吹き飛ばす。僕も火の玉をいくつも飛ばし、立ち上がって向かってくる死霊を倒していく。どこを見ても死霊だらけだ。倒しても倒してもキリがない!
「おいジャック、後ろ!」
「! 危ない!」
他の死霊に夢中になっている間に、親子に死霊が襲いかかっていた。慌てて火の玉を飛ばそうとするけど、ダメだ!親子に当たる!
「避けてジャック!」
エレンの声。反射的に屈むと頭の上を黄色く光る何かが飛んでいった。それが死霊に刺さり、死霊の動きを止める。羽だった。羽が光を増し、死霊たちを包んでいく。光が消えた頃には、死霊たちは消えていた。
「ここは危ないから、早く逃げてください!」
親子が避難するのを見て、エレンもイグナスさんもホッと息をついた。
「間に合って良かったわ。」
「うん、ありがとうエレン。」
「当然のことよ。王女の名にかけて、この国は私が守ってみせる。」
かっこいい!
と、風を切る音がして、慌てて身を捩る。死霊の剣が僕の耳元をかすめていった。流石にすごい量だ。ちょっと倒してもすぐに出て来て、いつの間にか囲まれていた。仲間の活躍に目を見張る暇もないなんて。
「油断は禁物だな。ここらを片付けたら、逃げ遅れがいないか探すぞ。」
イグナスさんの言葉に頷き、迫ってくる死霊を蹴散らす。火の玉を何度も打ち込んで、死霊たちは炎に包まれ、やがて燃え尽きていった。それでも死霊は次々とやってくる。仲間が倒れるのを見て怯む死霊はいない。「戦う」という意思しかないのかも。
「そっち大丈夫!?」
「大丈夫!問題ない。」
「数が多いな。キリがないぞ。」
「どうする、イグナス?」
「・・・先に逃げ遅れを探しに行こう。こうしているうちに何かあるかもしれない。」
「「了解!」」
「空から探せ。地上からより探しやすいだろ。」
「イグナスさんはどうするんですか?」
「俺は地上から探してみる。見落としてる箇所があるかもしれないからな。」
「わかりました。エレン、行こう!」
「ええ。」
イグナスさんを残し、2人である程度の高さまで飛ぶ。僕はアーヴィングでやったように、街の松明を媒介して探すことにした。あの時は宝玉がないとできなかったけど、ティアメイルのおかげかその必要もなく、さらにたくさんの松明を監視できるようになった。
「それどうやるの?」
「炎の持ってる霊力にちょっとだけ僕の霊力を混ぜるんだ。」
「ふーん。誰か見つかった?」
「うーん、まだ誰も。エレンは?」
「3人くらい見つけた。ちょっと行ってくるわね。」
「うん、気をつけて。」
エレンが街に降りていくのを見届けて、僕は街の見張りに集中する。・・・あ、教会みたいなところにたくさん人が集まってる。女の人も、子供も。ほとんど全員が怯えた様子。・・・!死霊が扉に迫っているのか!教会を炎で包めば、あいつらも入ってこれないはず!建物は燃やさないように、炎を広げていく。炎に飲まれて、死霊たちが姿を消していくのが見えた。
どこからかたくさん湧いてくる死霊たちは、引かれるように生きているもののところにやってきて、そして攻撃を始める。自分たちが失ったものを持っている僕たちが、とても憎いとでもいうように。安らかな眠りを邪魔されたことに対する怒りに見えなくもない。ティア・ブルーノは非道だ。人の命を弄んでいい訳がない!僕たちが、止めるんだ。
『ジャック、今いいか?』
イグナスさんからの通信。ティアメイルのおかげで宝玉がなくても会話ができるようになった。
「大丈夫です。何かあったんですか?」
『逃げ遅れの確認が一通り済んだら、西の森まで来てくれ。詳しいことはそこで話す。』
「分かりました。すぐ行きます。」
急いで街の様子を確認すると、エレンの姿が何度か映った。さっき言っていた3人以外にも、すでにたくさんの人を助けているみたいだ。さすが、としか言えないね。見たところ、松明で見える部分で逃げ遅れた人はいなさそう。一応色々な民家の周りを炎で覆って、安全にはしてみた。生きているものには反応しないようにしたから、多分大丈夫。せっかくだし、エレンと合流してから西の森に行こうと思う。
「エレン!」
「ジャック?どうかしたの?」
「イグナスさんからあったでしょ?ひと段落ついた?」
「・・・炎に包まれてるのを数えなくていいなら、あと2人。手伝ってくれるかしら。」
「もちろん。郊外まで連れていけばいいかな?」
「それだと、また死霊に襲われる可能性がある。あなたが隔離したあの教会に連れて行きましょう。」
「わかった。」
「あと、私死霊に殺された人の蘇生もしたいわ。だからイグナスのところにいくのちょっと遅くなるかも。」
「できるの!?結構いると思うけど・・・。」
「肉体が残っていれば大丈夫。先に行ってていいわ。」
「・・・わかった。イグナスさんにも伝えておくね。」
「よろしく。」
鳥姿の僕たちが話しているのを見て、街の人たちは目を丸くしている。地下壕から残りの2人を助け出して、僕は空を飛びながら彼らを教会まで案内した。
「ここなら安心ですよ。人が触っても大丈夫なんで、出入りは自由です。」
中に入ったのを確認して、1人イグナスさんのもとへ飛んでいく。
「来たか。」
「エレンは少し遅れるらしいです。何かあったんですか?」
「あれを見ろ。」
イグナスさんの示す先には、森から出ていく死霊たちの集団がいた。まっすぐに街を目指して進んでいる。
「あれは・・・!」
「おそらく、死霊の発生源がこの森にある。エレンが来たらそこを破壊しに行こう。」
「今すぐ行かないんですか!?エレンを待つ間にも死霊が街を襲うんじゃ・・・?」
「すぐに行きたいのは山々だが、発生源を放置しておくわけがない。守護者がいるだろう。強力なはずだから、全員で行った方がいい。それに、人はみんな助けたんだろう?」
「はい、一応。」
「なら大丈夫だ。人の命は普通戻らないが、街ならいくらでも立て直せる。何年かかろうと、な。」
森から出てくる死霊を2人で倒しながら、エレンを待つ。しばらくしてやってきたエレンに事情を話すと、
「すぐに壊しに行きましょう!」
と、真っ先に森の中に飛び込んでいった。
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