ああ、ロミオ、ロミオ! どうしてあなたはアメーバなの!?

ちびまるフォイ

わたしがわたしなのはわたしがそう知っているからです

不思議な雨が降って人間はすべて溶かされた。


人体にだけ作用する不思議な雨は

地球に人工物だけを残して、のちに「裁きの雨」だとか言われた。


のちに、というのは誰がいったのか。


そう、俺たち消えたはずの人間だ。


「うそだろ……アメーバになっちゃった!」


俺がアメーバになった日には雨が降っていなかった。

ただ1度。窓を開けただけなのに風にのって入った雨の風にやられてアメーバになった。


床の上にべちゃりと水たまりのように広がる自分。


体の感覚はもとのままで、まだ自分がゲル状になったという感覚になれない。


とはいえ、この体になってからは色々便利なもので

どこにでも入れるし、どこへでも行ける。


手足がなくてもスマホだって操作できてしまう。


人間の姿がなくなっても、電気がまだ通っていることから

きっと他の元人間たちもゲル化しても大きく活動を変えてないのだろう。


「おーーい。おーーい」


なんだ、声がする。


天井の方に目を移動させると、浸水するようにアメーバがやってきた。


「誰だお前!?」


「上の階に住んでいるものだよ。悪いんだがしばらく部屋を貸してくれないか。

 実は水道管が壊れてしまって水浸しになってしまったんだ」


「……それが、俺の部屋に不法侵入するのとどう関係があるんだ」


「水を含んだら体積が大きくなるだろう。

 考えてもみろ。移動もたびに周囲のものを巻き込まなくちゃいけなくなる。まるで怪獣だ」


「それはそっちの都合だろ。天気のいい日に外に出て余分な水分飛ばせばいいじゃないか」


「まあそういうな。とっておきの情報を教えてやるから」

「とっておき!?」


「お前だって、もとの体には戻りたいだろう?

 実はもとに戻れる機械があるらしいんだ」


「本当か!!」


「ああ、この住所に行ってみるといい。

 ただしこのことを知っているのはごくわずかだ」


「みんなに教えてあげればいいのに、復興も早いだろう」


「バカ言うな。人間とアメーバの力関係を考えてみろ。

 日露な人間は人間となって、アメーバ人間の下等生物を使役するほうが世のためなんだよ」


「ほんとお前なんなんだよ」


現地にいけば「ドッキリ大成功」の看板があって、

俺が驚いて水滴を飛ばした間抜けな映像が収録されるのかとビビっていたが、

実際に元の人間に戻れる機械があったのでさらにビビった。


「君が元の人間に戻りたいアメーバくん?」


「はい! 本当に戻れるんですか!?」


「ああ、もちろん。人間の体なんて突き詰めればタンパク質の肉袋。

 あとは情報をまとめて型をつくり、君の核を体に移せばいい」


「非人道的なことをさらりと言うんですね」

「アメーバになったのだから人道もくそもあるまい」


「それじゃ! 俺を元の人間にしてください!」


「いいだろう。ただし、そのためにはさまざまな検査項目がある。

 君が君であるためのさまざまな情報を大量に入力しないことには

 君の体を構成することはできない」


「なるほど……」


「そして、この機械にはあらゆる人物データが記録されている。

 少しでもミスったり年齢をサバ読んだりしたら君は不信任者としてだめになる」


「自分のことは、自分が一番わかってますとも!」

「では検査開始だ」


機械の中に入るとさまざまな問いや義体を使っての癖のチェックなどが行われた。

あらゆるビッグデータを取り込んでいるのか、自分でも忘れかけていた過去の出来事なんかも

かまをかけるように聞いてくるから自分確認テストで自分が落ちるんじゃないかと焦った。


「検査の結果だ。君は合格点。元の体にしてあげよう」


「やった! よかった!」


「それで君の名前は?」

「〇〇です!」


「……はて? その名前は冗談じゃないかね? もうすでに人間にしたはずだ」


「はい?! 何言ってるんですか! 俺が本物に決まってるでしょ!」


「しかし、その人も同じテストを受けて、なんなら君より良い結果を出している。

 ……君のほうが偽物なんじゃないかね?」


「そんなわけあるか! 俺が本物です! いいから体をよこしてください!」


「それはできない。この世界に同じ人間が二人といることはできない!」


「くそ! 偽物めえええ!!」


いったい俺になんの恨みがあってそんなことをするんだ。


俺の身長体重、過去のエピソードにおしりのほくろの位置まで把握され、

そいつが俺になりすましてこの世界をうろついているなんて考えたくない。


もしもその偽物が悪さしてたら、俺が人間に戻ったとしても悪評がついたままじゃないか。


「いや……むしろそれが目的か……!?」


俺自身になにか罪の濡れぎぬを着せるため。

もしくは悪事をするためにダダ漏れの俺の個人情報を把握したとか。


理由はわからないがとにかく探さなくては。



必死に路上のコンクリートを這い回って移動していたが、まるで見当たらない。

本人の家の近くをうろつく間抜けでもないのだろう。


「しまった! 雨だ!!」


そうこうしているうちに日も暮れ始めて雨が降ってきた。

雨粒が体につくたび、みるみる自分の体積がでかくなっていくのがわかる。


これじゃ家に帰っても水圧でドアをぶち破ってしまうかもしれない。

いったん、雨が止むまではどこか別の場所に……。


いや待てよ。むしろこれがいいんじゃないか。


「うおおおお! 雨よ! 俺にもっと降り注げぇーー!!」


放送終盤の戦隊ヒーローの怪獣のように巨大化した俺は、

体の最頂点に目を移動させて必死に自分を探した。


富士山のように大きくなれば視野も広くなっって見つけやすくなると思ったが、

でかくなったことで雨にふれる表面が広くなりすぎて、さらに巨大化。


人間がアリのようにしか見えなくなってしまい、

どこに偽自分がいるのかもう区別できなくなってしまった。


「しまった……やりすぎた……。蒸発するまでまとう……」


このまま移動して電柱をなぎ倒していくわけにもいかず、

そのままじっと水分が失われるまで待っていた。


徐々に水分が失われてスケールダウンして元に戻っていくと、

路上にはひとりの人間がびちゃびちゃになって横たわっていた。


「嘘だろ……これ俺じゃないか!?」


巨大な水ボールとなった俺に取り込まれた偽物は俺の中で溺死。

アメーバ遺族によってしめやかに葬式が行われるとますます戻れなくなった。


「俺」という人間はすでに故人。


もはやいくら「俺」という情報やデータを集めても帰る体はない。


そもそも自分が本当に自分だったのか、自分が死んだ今、わからなくなっている。


俺が水死してしまった人間は俺よりも俺のことを知っていた。

情報だけでなく、心や、思考パターン、癖や特徴もすべて俺だったという。


実は俺のほうがなんらかで作られたクローンとかなんじゃないか。


人間がその本人だということの証明には、誰にも負けないほど「自分」を知っているに決まってる。


それじゃ、俺はいったい誰なんだ。


 

 ・

 ・

 ・


「おや? また来たのか。それで、君の元の体の行方は掴んだのかい?」


「いえ、勘違いしていました。俺はあの〇〇という人間に憧れていただけの人間です。

 だってあの人よりもあの人のことを知っていなかったんですから」


「それじゃお前さんはいったい誰なんだい? 誰の体になるんだ?」


俺はアメーバの問いかけに答えた。



「俺は、映画『ポリー・ハッター』に出てくる、

 アイーマイオニーちゃんだったのを思い出しました!

 だって、誰よりも彼女のことを知っているのだから!!!」

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