一番近くてずっと二番

切売

一番近くてずっと二番

 祝日だっていうのに夜も遅くに呼び出された。スピーカーからは泣きそうな声。

『車が止まっちゃったんだよ』

 ハア? ガソリン切れか。バッテリーがあがったのか。ライトをつけっぱなしにしたのか。半ドアだったのか。ていうか今どこだよ。矢継ぎ早に聞きつつ財布を探す。

『わかんない。うんともすんともいわない』

 バッテリーだろ。多分。で、結局どこなんだよ。うんざりしながら車のキーを指にひっかける。財布はなぜか台所にあった。帰ってきたときに放ったのかもしれないが記憶にない。

『職場』

 同僚とかに頼めないのかよ。今何時だと思ってるんだよ。もうすぐ二十二時だよ。俺が酒飲んでたらどうするつもりだったんだよ。他に頼むやついないのかよ。

 会社名を確認したあとも、執拗に口で道順を説明してくる通話を切る。覚えられんわ。ナビに聞くつってんだろ。


 くそったれなことにめちゃくちゃ細いみちを通らされる。なんじゃこりゃ。暗いし一車線しかないし、たまに対向車が来やがるし。閑散とするなら閑散とするで徹底して欲しい。

 昼間に出かけるときにかけていた気に入りのアーティストの歌声が車内に響いている。慣れない道だからか全く頭に入ってこない。

 ただの友人なのに行ってやる俺に感謝して欲しい。さらに言えば、こういう情けないところで都合よく使わないで欲しい。そして、「こんなときに助けてって言えるのお前だけだよ」と言わないで欲しい。本当に好きな相手には格好つけるくせに。


 しかも結局バッテリーだし。俺はドアに頬杖をついて、わざと溜息をつく。大きめにしたけれど、どうやら届かなかったらしく相手からはなんのリアクションもない。虚しい。

 明かりのない駐車場でふたり。スマホのライトをかざしながらボンネットを開けてあくせくしている。

 その様子を俺はウインドウを下ろして見物する。少し焦っているようで溜飲が下がった。

 ふかして、と言われてアクセルを軽く踏んでやると、沈黙していた車のエンジンがかかった。運転席に座ったままだった俺にやつが近づいてきて、ドア越しに話す。

「ほんとありがと。助かった。帰り道は戻ってまっすぐ行ったら横断歩道あるから左。ローソンある」

 この期に及んでまだ口頭説明をする。

 車が動いたから帰路は別々だし、そもそも帰る家も違う。車、動かなかったらよかったのに。助手席でしょぼくれている姿を鼻で笑って、俺の好きな音楽を聴かせてやったのに。

「あっそ。気をつけろよな」

 車、また止まってくれないかな。意地の悪いことを考えながら、やつの顔から視線を外した。


 

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