閉ざされた部屋は開く

 悪臭が酷く漂う上に、鳴き声もしなくなったという通報を受けてとある集合住宅の一部屋に人々がやってくる。

 一人は管理人とおぼしき人物で、その後ろには警察が控えていた。

 

「今からカギを開けます」


 マスターキーで扉を開けた瞬間、物凄い悪臭が部屋から飛びだして人々を襲う。

 あまりの匂いに反射的に吐いてしまった人が一人いた。

 悪臭が酷いと聞いていた管理人はあらかじめマスクをして、消臭剤を準備していたので被害を被る事は無かったが。

 彼らが部屋に踏み込もうとすると、まず玄関にうずたかく積みあがったゴミが行く手を阻む。


「なんだよこの部屋は……」

「お前この手の案件は初めてか? 恐らく酷い事になってるから覚悟しとけよ」


 うええ、と新米らしき警官は呻く。

 ゴミを外に出し、あらかじめ呼んでいたゴミ回収の業者に片付けさせ、奥に踏み込む。

 警官と管理人は部屋の現状を見て息を呑んだ。


「ホトケさんか」

「しかも骨になっている。一体何が」


 部屋の悪臭は更にここから漂っている事に彼らは気づく。

 一旦窓を開けても酷い匂いは消えない。

 片隅に匂いの発生源があるようだと一人の警官が近づくと、やはり顔をしかめた。

 

「猫の死骸です。それも大量に」

「……なるほどねえ。そう言う事か」


 この部屋の住人は猫を大量に飼っていた。

 いや、正確に言えば飼うと言うよりはただ一緒に居たと言う方が近いかもしれない。

 去勢もさせず、猫が交尾し増えるがままにまかせ、かといって保健所に持っていくわけでもない。

 多頭飼育と言うにはあまりにもずさんだった。

 当然、周囲の住人には鳴き声や悪臭によるトラブルで諍いが起き、管理人も何度も猫とゴミをどうにかしろと苦言を呈していた。

 突然鳴き声が止んだ事に住人は勿論ほっと胸をなでおろしたが、一部の住人は悪臭は変わらず漂っているのに鳴き声だけがしなくなるのはおかしい、と通報したのだ。

 

 やはり最悪の結末に終わった。


 ここにいる誰もがそう思った。

 しかし、風呂場からか細い鳴き声が聞こえたのだ。


「おい」

「はい」


 警官の一人が確認に行くと、ガリガリに痩せた黒猫が浴槽の上に座っていた。

 

 にゃーん。


 よろよろとふらつきながら、その黒猫は警官の足に体を撫でつける。

 すがりつき、ふたたびか細い声を上げる。

 何度も、何度も、何度も。

 ここで人間にすがらねば後は死ぬしかない身の上を感じているのか、必死で媚びを売る。

 誇りも何もかもをかなぐり捨てて。


「おい、水とエサすぐに買って来い。ここは水道止まってるからな」

「わかりました!」


 警官の一人は近場のドラッグストアまですっ飛び、すぐさま水とキャットフードを買って戻って来た。

 フードの口を開け、水を器に注ぐとまず黒猫はフードに貪りつく。

 口の周りを盛大に汚しながらも黒猫はフードを齧り胃の中に収めていく。

 食べながら、なにやらうにゃうにゃと言っている。

 

「何て言ってるんでしょうね……」

「さあな。猫の言う事なんぞわからんよ。だが、こいつだけでも生きていて良かった」


 ベテランらしき警官が猫の頭を撫でながら言う。

 

「俺んちには昔、トラ猫が一匹いたんだよ。家の中で飼ってたんだが、ある日ちょっと換気で開けた部屋から飛び出して車と接触して死んじまった」

「そうなんですか」

「ああ。そうやって猫の思うがままに行動して死んじまうなら仕方ねえが、こんな死に方は流石に可哀想すぎるだろう」

「ええ……。この子に飼い主が見つかるといいですが」


 ひとしきりフードを食べ水を飲んで落ち着いたのか、黒猫は猫を飼っていた警官の脚に再び絡みついた。

 警官は黒猫を抱きあげる。


「俺の家は流石に子供も二人居るし飼えないな……お前んとこはどうだ?」

「ぼ、僕のとこはペット禁止ですよ。無茶言わないでください」

「やれやれ、仕方ないな。ひとまず警察署で預かって、里親募集するか」

「出来れば保健所には連れて行きたくないですけどね……」

「だからお前も探すのに協力するんだ」

「わかりましたよ」


 黒猫には彼らの言っている内容はわからない。

 しかし地獄の中から脱することは出来た。

 生き延びようとする意志が一番強かったからこそ、今日まで生きられたのかもしれない。

 彼の元に良い飼い主が今度こそ現れるのを願うばかりだが、果たしてどうなるか。

 先の事は誰にもわからない。

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固く閉ざされた部屋の中で 綿貫むじな @DRtanuki

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