固く閉ざされた部屋の中で
綿貫むじな
突然の出来事だった
既に奴が倒れて何回朝が来たか、俺はもう覚えていない。
いきなり奴は倒れ、動かなくなった。
床に転がった奴は目を見開いたまま、息もしていない。
多分これが「死んだ」って事だと俺の脳みそでも理解できた。
ろくでもない奴だった。
俺たちをこんなクソ狭い部屋に押し込んでおいて、ロクにメシすら出しやしない。
水だってたまに忘れる。
だからきょうだいの中には蛇口をひねって水を出す、と言う事を覚えた奴もいるが、それをやるたびに奴はエライ剣幕で怒り、殴る蹴るの暴行を加えてくる。
たまにキレたきょうだいが反撃すると、余計に怒って手が付けられないが俺たちだって生きる為にやっているだけなんだ。
中にはトイレの中の水まで飲むきょうだいもいた。
そうしなきゃ生きられないんだ、この閉じられた地獄の中では。
だが「奴」が生きていたからこそ、俺たちも酷い環境ではあるが生きていられた。
もう奴は動かない。
と言う事は、いずれこの部屋の中にある食料は尽きる。
水も、もうメシと一緒に置かれている器の中には無い。
奴が水浴びしている湿気た部屋の中に、水が貯められている所があるのでそこに行って水を飲んでいるが、酷い味だ。
もしかしたら腐っているのかもしれないが、それでも水はここにしかない。
トイレの水もみんなで飲みつくしたし、蛇口を回せるきょうだいは一番最初に死んでしまった。そもそも蛇口は、一番最初に水が出なくなった。
メシも無くなった。
そりゃそうだ。きょうだい達は俺含めて一杯居た。
全員が食えばあっという間に無くなるに決まっている。
腹が減っていた。
めちゃくちゃに餓えに苛まされていた。
かといってきょうだい達を喰う気にはとてもなれない。
こんなクソったれな環境な中でも、一緒に暮らして来たのだから。
腹が減る。
腹が鳴る。ぐるぐるぐると唸りを上げている。
水を飲んで飢えをしのぐにも限界がある。
その時、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。
奴を喰うしかない。
奴が食っている食べ物は脂っこくて、しょっぱいものばかりだったように思う。
ちょっと媚びを売ってみたら欠片ほどの何かを食わせてくれた事があったのだが、そういう味付けで俺には合わないと思って以後は食べるのを辞めた。
だからかは知らないが、奴は酷くでっぷりと太っていた。
醜い化け物ってのはきっとあいつのような奴の事を言うんだ。
醜悪な化け物だが、肉はたっぷりついている。
他に食い物は無い。
俺に選択肢は無かった。
手始めに顔の肉を齧る。
やはり、不味い。
いつも食っているメシとは比べ物にならないほど美味くない。
こんなもんを食べなきゃいけないなんて、一体俺が何をしたってんだ。
俺は自分の運命を呪いながら、腹を満たす為に肉に食らいついた。
他のきょうだい達も俺の行動を見て、おずおずと奴の肉に食らいついた。
全ては生き延びる為だ。
更に朝が何度か繰り返し訪れた。
もう、奴の肉も無くなり骨になっていた。
骨をもしゃぶっていたが、流石に奴の骨は太すぎて齧り切れない。
たまにこの部屋にはネズミが出る事もあって、俺たちにはそれがごちそうだった。
だがネズミたちも俺たちがこの部屋に居る事がわかってか、そのうち来なくなった。
ごみだらけの部屋にはゴキブリもたまに湧いたが、湧くたびに俺たちが食っていたのでやっぱり居なくなってしまった。
部屋から出ようと透明な板が張られている場所まで行くが、どうあがいても俺には出られる手段がない。
奴は器用に金属の何かを下げて開けていたのだが、俺の手はそういう風には出来ていない。
何度も挑戦してみたが、体力を無駄に消耗するだけに終わってしまう。
じゃあ逆に、入口とされる鉄の扉の方はどうかって言うと、もっと俺には無理があった。
たまにガタンと紙がまとまった何かが入ってくるのだが、それも詰まって山のように積みあがっている。
俺は出たくてがりがりと扉をひっかくのだが、やっぱり扉は俺の力ごときでは壊せない。
奴は確かこの金属のでっぱりを捻じっていた気がするが、俺が乗った所で力なく回るだけで扉は動かない。何かが引っかかっている。
じゃあ叫んでみるか、と言っても叫ぶ体力も今の俺には残されていない。
俺ですら顔を顰める悪臭が漂っている。
俺たちのクソや小便の匂いばかりではない。
きょうだい達がついに俺以外全て力尽きたのだ。
思えば一緒にこんなクソ溜めに生まれて、何のために生きて来たのだろう。
奴の思うがままにされるばかりで、俺たちは外の世界も知らない。
一度は外に出てみたかった。
こんなクソみたいな所ではなく。
ふらふらと貯められた水を飲みに行く。
水までもついに完全に腐っていた。
それでも飲まなければ俺もきょうだい達の仲間入りだ。
俺は意地でも生き延びてやる。
何をしてもだ。
水に口をつけようとしたその時、あれだけ固く閉ざされていた扉がガタガタと鳴っている事に俺は気づいた。
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