7
『――私にはよくわからんな。君たちの信頼関係が』
『変わらない人間関係は地獄だ。今だからこそ君はそんな風に思えているかもしれないが、十年、二十年を過ぎても果たして同じことを言えるのだろうか? そんな関係は、飽きるを通り越して虚無ではないか?』
トレードマークの軍服はズタズタに引き裂かれ、鮮やかだった松葉色はドス黒い血の染みに染まっている。露わになった肌には、
重症――いや、生きていることが不自然なほど、彼女はボロボロだった。
死に体。這う這うの体。
一体どんな目に遭えばそんな風になるだろう。
「て、鉄血場原――」
『ああ、気にするな。階段で転んだのさ。ほら私って、階段と目があってしまうと緊張するからさぁ?』
と言ったのち、『やれやれ』と小さく息をついた。
『簡単な話だ、君の愛しい吸血鬼だよ……どこで嗅ぎ付けてくるんだか、君を脅したのがよほど気に食わなかったらしい。危うくブッ殺されるところだった』
「彼女が……?」
『まったく私としたことが油断した。めちゃくちゃ強いじゃないか、吸血鬼。というか返り血――
かッと血痰を吐き出しながら、鉄血場原は言った。
――みんなどこか飽きていたんでしょうね、生きるのに。
彼女の言葉を思い出す。
もし吸血鬼が本気で抗っていれば――きっと、戦争の結果は全く違ったものになっていただろう。
『あの吸血鬼は、邪魔をするなと……言っていた』
なおも口の端から血痰を零しつつ、鉄血場原は続けた。
『私たちの黄昏を邪魔する奴は、誰であろうと許さない……だとさ。あの温厚そうな吸血鬼にまさか、そんな口を利かれるとは……やれやれ。君たちはすでに、私が思っている以上の関係らしい』
「どういう――ことですか」
『どうしようもなく気持ちわりぃってことだよ』
思わず呼吸が止まった。
今にも死にそうなほど弱っているのに、その瞳には宿る気迫はどこから来るのだろう。
『君らの関係はなんだってんだ。つい最近、適当に出遭った仲のくせに、傷を舐めあった程度でお互い気持ちよくなっちゃって――そんな依存しきった関係、好き以外の何でもないだろ』
鉄血場原は目を逸らさない。何度も目を逸らそうとするたびに、がッとさらに強い眼光で僕を射抜く。
鉄血場原はずみ。
数多の吸血鬼を屠ってきた、鉄血衆の旗印。
だからこそ、重みが違う。
言葉の一つ一つに乗せられた思いが――僕なんかとは、比べ物にならないほど。
『虚無だ。君たちのしていることは、果てしない虚無の積み重ねだ。まるで賽の河原みたいな関係だ。人間と吸血鬼が仲良く手を取り合ってダメになるだけの関係――そんなものが、
その疑念は当然だと思った。
十年後、僕たちの関係がどうなっているかなんて想像もできない。
それでも、僕はこう思うのだ。
「彼女が僕を必要としてくれたように、僕も自分の価値を認めるために、彼女を必要としている――きっと、それだけなんですよ」
『くっ……かは……かはは』
鉄血場原は、血まみれの手で顔を覆いながら天を仰いだ。そして笑った。
『馬鹿馬鹿しい……悪い夢でも見ているようだ……これが現実なのだとしたら、私が今までしてきたことはなんだったんだ……』
馬鹿馬鹿しい。悪い夢。
きっと、鉄血場原の言う通りだ。
僕たちは多分、夢を見ている。
永い、永い、夢を。
これからもずっと続いていく、終わらない夢を。
最初から始まっていなくて、だから終わることもできない。
恋にすらなれなかった物語だ。
密室のように閉じられた、変わらない人間関係が、ただひたすら続く夢。
それだけの関係。
何年も、何十年も続いていく、僕たちの物語。
『吸血鬼を殺すためだけに費やした、今までの時間はなんだったんだ……』
黄昏の光のような、優しい人になりたいと思った。
そうすれば、いつか鉄血場原にもかける言葉が見つけられるのかもしれない。
あるいは、もうどうにもならないのかもしれない。
そんな風に思った。
吸血鬼に遭った僕は、一生分の時間を彼女に捧げることにした 神崎 ひなた @kannzakihinata
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