第21話


「ここがリンドウスーパーか」

「そっか、レイちゃんは初めて来たんだね」

 花厳さんが物珍しそうにスーパーを見上げている隣で、優谷くんが「僕は何回か来たことあるよ」とどこか感慨深そうに言った。

「へえ~そうなんだ」

「高校から近くて。文化祭で買い出し頼まれた時とかよく利用したよ」

「え、先輩がパシリにされることなんてあるんですか」

 一体優谷くんは学校でどういう立ち位置なんだろう。

 店内を覗くと、まだピーク時なのかお客さんが結構いた。スマホの時刻を見ると19時ちょっと過ぎだった。コンビニが混む時間帯も18時から21時だし、同じようなもんだな。

「最終確認です」

 花厳さんは人通りのないところに移動しながらそう言った。

「さっき決めたとおり、張り込みする制服組と犯人を捕まえる私服組に分かれます。制服組はお菓子売り場で、私服組は外で待機です。制服組はターゲットが来た場合私服組に連絡してください。連絡があり次第すぐに駆けつけます」

「りょうかい」

 優谷くんは口を引き結んで軽く敬礼の姿勢を取った。本当になにしても様になるな。

「健闘を祈ります」

 夜光さんはそう言って、コアのジャケットを羽織った。

「2人ともお願いしますね」

「うん。じゃあ行こうか」

「はい!」

 夜光さんと、いつの間にかジャケットを着た優谷くんはスーパーの入り口に向かっていった。

「じゃあ、俺達はここでしばらく待とっか」

「はい」

 私服のままの俺と花厳さんは、スーパーのすぐ外にあるベンチに腰掛けた。一人分空けて花厳さんの隣に座る。チラッと見ると、花厳さんはどこを見ているのか分からない目をして腕を組んでいた。会話を振ってくるような気配はない。

 ……うーん気まずい、気まずいぞ! 正直前みたいにポンポン罵ってくれたほうがまだマシだ。いや嘘だ。

 まさかよりによって花厳さんとペアになるとは思わなかったなあ。コンビニで一緒に働いてる夜光さんはもちろん、年が同じの優谷くんに対してだったら色々話題を振れるけど、花厳さんとは未だに何を話したら良いのか分からない。反抗期が終わった直後の娘に久し振りに話しかける父親の心境と似ている。俺つい最近まで花厳さんにめちゃくちゃ嫌われてたし。いやもしかしたら今も嫌われているかもしれないけど。エターナル反抗期かもしれない。

 あーあ、こんなことなら「ぐっとっぱ」なんかで決めなければ良かった。話し合いとかで決めれば良かった。ちなみに俺はクラスでの話し合いの時ちゃんと話は聞くけど発言はしないタイプだ。

 そういえばぐっとっぱしたとき、花厳さんのかけ声「ぐっとっぱーで分かれましょ」じゃなかった。なんだっけ、確か「ぐっぱでほい」だった気がする。花厳さん以外手を出すタイミングを見失って結局やり直した。

「……えっと、花厳さんってさ」

 思い切って話しかけると、花厳さんは少し眉を上げてこっちを向いた。どうしてだろう、優谷くんと同じで顔はかなり整っているのに花厳さんの場合全ての仕草に凄味が出る。

「もしかして、小さい頃は別の所に住んでたりした?」

「なんでそう思いました?」

 良かった、返事が返ってきた。無視されなかったことに安堵して言葉を続ける。

「さっきのグループ分けの時、ぐっとっぱのかけ声がちょっと変わってたから。そういうのって地方ごとに違うって聞いたことあるからさ」

 すると花厳さんは「あー……」と言って頬を搔いた。ほんの少し顔が赤くなっている。

「よく分かりましたね。大分前ですが大阪に住んでました」

「大阪! へえぇそうなんだ!」

 おお、当たった。そして意外だ。

「大阪とこっちでかけ声が違うのは分かってますが、未だに昔の癖が直らなくて」

「そうなんだ。もしかして、じゃんけんとかも違ったりする?」

 そう聞くと、花厳さんはスッと拳を前に出した。つられて俺も拳を出す。

「いーんじゃーんでほーい」

「アハハハハ!! いつ出せば良いのか分かんねえ!」

 初めて聞いたぞそのかけ声。なんじゃそりゃと大笑いしていると、花厳さんも少し笑った。え、もしかしたら俺との会話で初めて笑ったのでは?

「今日は初めて君が笑ったから笑顔記念日だな……」

「下手なオマージュはやめてください」

 怒られた。でも花厳さんはまだ頬が緩んでいた。

 それを見て調子に乗り、俺は「花厳さん、もう俺に怒ってない?」とずっと気になったことを尋ねた。

「……もともと怒ってませんよ」

 うわあ、空気の温度が戻っちゃった。真顔に戻った花厳さんは、一言そう言うとキュッと口を引き結んだ。

「そ、そっか、それは良かった」

 いや全然良くはないけど。怒ってもないのに何故あんなに暴言を吐いてきたんだ。そんな疑問はあったが取りあえず場を納めるためにそう言うと、花厳さんは気まずそうな表情になって口を開いた。

「なんというか……その、あの時はアレだったんで」

「アレ?」

「長めのせ」

「言わせてごめんなさい」

「察しが爆速ですね」

 そっか~アレだったんだな~! 

 俺の姉もアレのときはいつも以上に傍若無人になるしな。アレなら仕方ない。

 心の中で頷いていると、花厳さんが「朝蔭サンって」と何か言いかけようとしていた。

「何?」

「あー、いや、なんでもないです。大したことないんで」

 そう言われると余計気になる。でも花厳さんの雰囲気はさっきより随分柔らかくなった。また気まずい空気になるのも御免だから下手に追求するのは止そう。

 しばらく俺達の間に会話はなかった。何をするでもなくただ黙ってベンチに座っている。でも初めに感じていた居心地の悪さはもう無かった。

「朝蔭サンは、今日万引き犯が現れると思いますか」

 突然そう聞かれた。隣を見ると、花厳さんは俺のほうを見ずに前方を見ている。なんとなくその視線につられて俺も前を向いた。

「来ないと思うな」

「どうしてそう思うんですか」

「え、理由を聞かれると……今日が日曜だから、とか」

 我ながら酷い理由だ。苦笑い気味でそう答えると、花厳さんは俺の返答については何も言わず、チラッと視線だけ向けた。

「アタシは来ないと思います、21時には」

「『21時には』ってことは、それ以外の時間には来るかもしれないってこと?」

「はい」

 軽い返事と共に花厳さんは頷いた。どうしてそう思うんだ?

「ここのスーパー、平日と土日祝日で営業時間が違うんですね。さっき自動ドアに書いてあるのを見て知りました」

 そう言われて咄嗟にスーパーの出入り口を見る。確かに出入り口の自動ドアには「営業時間 平日 9:00~23:00 土日・祝日 10:00~22:00」という切り文字が貼られていた。

「ホントだ、知らなかった。それがどうかしたの?」

「平日に比べて休日はスーパーが早く閉店します。すると店が混む時間だったり、つくられてから時間が経ったお惣菜が安くなり始める時間だったり、店員が決められた業務を行う時間だったりが全部平日より早くなります」

 花厳さんはそう言ってフッと息をついた。

「そしたら万引きも前倒しされて行われるんじゃないかなって思って。完全な予想ですが」

 俺はパチパチと瞬きした。ええと、それってつまり。

「花厳さんは、計画的に万引きがされてるって考えてるの?」

「考えすぎですけどね」

 いやいや流石に考えすぎだろ。そう笑い飛ばそうと思ったけど、花厳さんの瞳はシンと静かだった。

「でも当たってたら最悪です。本当だったら犯人は頭が良い」

 花厳さんの淡々とした物言いにゾクッとする。何故だか俺は、つい最近コンビニでの夜光さんとの会話を思い出した。

『案外、ゲーム感覚のような軽い気持ちでやってしまったのかもしれませんよ』

 もし花厳さんの言うとおりだったら、色々時間などを計算して万引きしてるんだとしたら、犯人はゲーム感覚で万引きすることを楽しんでいるのかもしれない。

「ピーク時が過ぎて店内のお客が少なくなるタイミング、従業員が一カ所に固まる瞬間、監視の目が緩む時。これら全てを把握して万引きが行われてるんだとしたら怖いなと思って」

「で、でも犯人ただの中学生っぽかったじゃん。多分そんなに色々考えてないよ」

「まあ、そうですね。今のやつ全部想像ですし」

 そう言って花厳さんはようやく口元を緩めた。それを見て俺はふぅーっと息を長く吐き出す。

「本当だったら怖いけど流石にないって! 想像力豊かだなぁ」

「文系なんで。無さそうなことを想像してゴチャゴチャ考えるのが好きなんです」

 理系じゃないんだ。意外だ、なんか勝手に物理とか得意そうだなって思ってた。

「慈が撮った万引き犯の写真を見たとき、罪を犯した後なのにどうしてこんなに安心した顔をしているんだろうって不思議に思ったんです」

「安心? 花厳さんにはそう見えたの?」

 確かにあの男の子には罪悪感なんてかけらも無さそうだったけど。花厳さんは少し笑って「これもアタシの想像ですね」と言った。

「アタシには、どうしてだかその少年が『絶対にバレない』って思っているように見えたんです」

 もう一度、夜光さんが撮ったあの写真を見返したい気持ちになった。

 写真の中のあの男の子は、どんな表情をしていただろうか。

「まあでも今日は無駄足で終わりそうですね。少なくともあの写真の男の子は来てません」

「嘘、今までずっとスーパーに来たお客さん確認してたの?」

 驚いて尋ねると「しっかりとは見てませんが」と花厳さんは頷いた。夜光さんもそうだけど、俺の周りにいる年下ってどうしてこんなに有能なんだろう。

「俺もちゃんと仕事します……」

「そうしてください」

 茶化すようにそう返され、大げさに「ははー」とひれ伏す真似をする。花厳さんに呆れた顔をされながら「適当すぎて信憑性がありません」と言われた。

 今日はきっと来ないだろうという安心感から、俺達は気が抜けていた。

 突然俺と花厳さん両方のスマホに電話がかかってきた。

「はいもしもし」

 花厳さんは着信にいち早く気づいてスマホを耳に当てた。さっきとは一変して真剣な表情になっている。慌てて俺もズボンのポケットで振動しているスマホを取り出した。

 予想通り電話をかけてきた相手は優谷くんだった。通話ボタンを押す。

「もしもし」

『もしもし優谷です。万引きしてる男の子はいたよ、今のところスーパーから出ていく感じはなさそう』

「男の子『は』?」

 優谷くんの言葉に違和感を覚えてそう聞き返す。

『前に慈さんが写真で撮った男の子と違うんだ』

「違うって」

 違うなら目的と少しズレるんじゃ……と一瞬思った。しかし首を振ってそんな思考を吹き飛ばす。誰だったとしても万引きはダメだ、止めなきゃいけない。

『違うんだけどね、ちょっと嫌なことが思い当たったんだ。男の子はまだお菓子売り場にいるよ、灰色のTシャツに白の短パンの子。待ってるね』

 ブツッと電話が切れる。隣を見ると、花厳さんは既に通話を終えていた。花厳さんは険しい顔でベンチから立ち上がった。

「行きましょう」

「う、うん」

 早歩きでスーパーに向かう花厳さんの後を追いかけながら、俺はさっきの電話での優谷くんとの会話を思い返していた。

「思い当たった嫌なこと」って一体何だろう。

 スーパーの中に入ると心地良い冷気が身体を包んだ。ふともう夏が近いんだなと関係の無いことを考える。

 まだ20時くらいだけどスーパーの中にお客さんは全然いなかった。花厳さんがさっき言っていた「最悪の想像」を思い出した。まあ今回の万引き犯は前の男の子とは違うらしいけど。

「か、花厳さんちょっと待って」

「なんですか」

「あの、どうやってその男の子に『万引きしましたか?』なんて聞く? 夜光さんと優谷くんが目撃したわけで、俺達は見てないじゃん」

 うわーっなんで見つけた後のことを全く考えてなかったんだ! 内心頭を掻きむしりながらそう聞くと、花厳さんは口角を上げた。

「朝蔭サンは少年が逃げようとしたら捕まえてください。アタシが少年に話しかけます」

 そして「朝蔭サンはここらへんで商品を選んでいるふりをしていてください」とお菓子売り場の裏にあるお酒売り場を指さしてそう言われた。未成年がお酒選んでるのもなかなかの事案なのでは?

 花厳さんは俺に目配せをすると、お菓子売り場に近づいていった。仕方なく言われたとおりにお酒売り場でお酒を眺めるふりをする。見てるだけです買いません。

 少しだけ商品の位置を動かして棚と棚の間を覗くと、向こうのお菓子売り場の様子が見えた。歩いている花厳さんと心配そうな顔をして立っている夜光さんと優谷くん、そして灰色のTシャツと白の短パンを履いた男の子。

 男の子はチラッと花厳さんのことを見て、手に持っていた商品を棚に戻した。そして花厳さんに背を向けてその場を離れようとする。

「それ、買わないの?」

 花厳さんは男の子にそう声を掛けた。男の子はピクッと肩を動かし、振り返って花厳さんのことを見る。

 花厳さんはにっこりと笑った。何の裏も無さそうな綺麗な笑顔だ。男の子の顔が少し赤くなる。

「買わない、です。お金持ってきてないから」

「そうなんだ。イチゴ味だって、美味しそうじゃない?」

 さっき男の子が戻した商品を棚から取り「ほら」と言って自然に男の子に近づく。身体が触れそうなほど近くまで行き「ね、美味しそう」と囁くようにもう一度言った。男の子は顔を真っ赤にさせて花厳さんのことを見つめている。

 ……なんかこういう導入シーンあるよな、何のとは言わないけど。

「そ、そうですね」

「ね。今度買ったらいいよ」

 頷くと、花厳さんは綺麗に笑ったまま男の子が持っていた手提げバッグに触れた。

「ところで、どうしてお金を持たないでスーパーに来たの?」

 男の子の顔が少し歪む。男の子は花厳さんから身を離した。

「スーパーに入ったときに、財布忘れてきたことに気づいたんです」

「手提げだけ持ってってこと? サザエさんみたいだね」

 花厳さんが楽しそうにそう言ってるのを見て、男の子はほっとした顔をした。

「ホントだ、そうですね」

「じゃあ手提げの中には何も入ってないんだね」

「はい」

「嘘、中の重みでバッグ垂れ下がってるよ」

 男の子はバッと自分の手提げバッグに目をやった。俺の位置からじゃ本当にそうなっているのか分からない。

「手提げって便利だよね。物を入れるときチャックがついたやつだと開ける手間があるし、リュックだと一度背中から下ろさなきゃいけない」

「あの、すみません。もう遅い時間なんで」

「遅い時間なのにスーパーに来たんだね」

 花厳さんは普通の調子でそう返すと「ねえ」と言葉を続ける。

「手提げってさ、万引きするときに便利じゃない?」

 男の子の顔から血の気が失せた。ぺこりと会釈をしてその場を立ち去ろうとする。

「その手提げの中に何が入ってるの?」

「関係ないじゃないですか。僕はもう帰ります」

「いや、嘘。本当は知ってるんだ」

 そして花厳さんはチラッと俺のほうを見て、男の子に視線を戻した。

「見えるんだよね、向こうの棚からここって」

 あっという間に男の子はスーパーの出口に向かって走って行った。慌てて追いかけようとする。しかし男の子の脚はかなり速く、俺の脚では追いつきそうになかった。

「は、速くね!?」

 叫びながら「もう無理……」と思ったその時。

 俺の横をものすごい速さで花厳さんが駆け抜けていった。ぐんぐん男の子に近づいていき、そしてついに男の子の腕を掴む。

「離せよ!!」

「店員さんに引き渡したら離すよ」

 男の子は花厳さんの手から逃れようとジタバタ暴れた。すると花厳さんは掴んだ男の子の手をキュッとひねり上げる。

「痛い痛い痛い!!」

「大人しくして」

 花厳さんはそう言うと、走って息切れしている俺に目を向けた。

「大丈夫ですか」

「ハァ、ハァ、だ、だいじょうぶ。花厳さん脚、ハァ、速いね」

「中等部では陸上部でした」

 そうなんだ。てか俺いらなくね?

 何にも仕事をしてないことに落ち込んでいると、花厳さんに「すみません、店員さん呼んできてもらって良いですか」と言われた。うん、せめてそれぐらいはするよ。

 店員を呼びに行こうとスーパーの中に戻ろうとすると、花厳さんに捕まった男の子は「畜生!!」と叫んだ。

「この時間ならバレないって言ってたのに」

 言ってた? 

 誰がだ?

「ねえ、君の知り合いにも同じ事してる人いるの?」

 花厳さんも男の子の言葉に気づいたのか眉をひそめてそう尋ねる。

「誰が言うかブス!」

うぉい! 中学生男子!!

 花厳さんはちょっと驚いた顔をすると、ニコッと笑った。

「それじゃあ、それは警察に言おっか」

 笑顔なのに声があまりにも冷たくて、俺が言われたわけじゃないのに思わず身震いしてしまった。

 男の子は今までで一番青い顔をして「はい……」と消え入るような返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

命かけてるのでもう少し給料上がりませんか? 増若布 @runa3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ