第20話


「なるほど、そんなことがあったんだね」

「そうなんですよ、ショックでチョコ買うの忘れました」

「チョコなら今度買ってあげるって」

 うなだれる夜光さんを慰めようとそう声を掛ける。目の前に座っている優谷くんは「チョコ?」と不思議そうに首を傾げていた。その仕草めちゃくちゃ似合うな。

 今日は15日、つまりコアの給料日だ。日曜日で学校がない代わりに午前にコンビニバイトのシフトが入っていた。そのため、バイトを終わらせてからコアに向かうと夜光さんと優谷くんと遭遇し、全員暇だということもあってこうして喋っている。今は先日夜光さんが目撃した万引き犯の話をしていた。

「あ、僕チョコあるよ。食べる?」

「いいんですか? わーい!」

 優谷くんが鞄から箱入りのアーモンドチョコレートを出すと、夜光さんはニコニコしてそれに手を伸ばした。躊躇がないな。

「淚くんも良かったらどうぞ」

「いいの? わーい!」

「躊躇がありませんね」

「俺思っても言わなかったのに」

 納得がいかない。アーモンドチョコを箱から一つ取って口の中に放り、しばらく舌の上で転がす。噛み砕いていないせいで、チョコが熱で溶けるまで鈍い甘みしか感じられなかった。

 夜光さんって、優谷くんからの好意は素直に受け取ってるよな。同じ高校で同じ部活だから気心知れてるんだろうか。それともやっぱり顔か? 顔なのか?

「話を戻すけど、その万引きした子どうするの?」

 優谷くんは、綺麗な形の瞳を少し丸っこくしてそう尋ねてきた。夜光さんは「そうですね」と言って腕を組む。

「目撃したし写真も撮りましたが、警察に行って証言しても『なんでその時すぐ通報しなかったんだ』ってことを追求されるだろうし、撮った写真には万引きしている様子が映ってるわけじゃありません。写真を見せたところで、私が中学生男子を狙った盗撮魔として自首しに来たのかと誤解されて捕まるのがオチです」

「そのオチは悲しすぎるだろ」

 確かに夜光さんの言うとおりだ。万引きしていた人はおろか、万引きされていたという事実すら確かな証拠がない。夜光さんは顔を上げて「でも」と続ける。

「どうにかしてこの万引きを明るみに出したいんです」

「なんか言い方が刑事っぽいね」

「へへ、ちょっと言葉が大きくなりました。……コンビニでバイトをしている身として、万引き犯は見過ごせません。それにもしかしたら、この男の子万引きが癖になってるかもしれないんです。今バレなくても、いつかバレて捕まるかもしれません。でもその『いつか』が遅かったら一生万引き癖が治らない恐れがあります……と、万引きGメンで言ってた気がします。万引きし始めたのは悪いことですが、段々と意思にかかわらずやってしまってるのだとしたら辛いと思うんです。お節介ですが、こういうのは外からとやかく言うことで治ることもあるので」

 たまに夜光さんは少年漫画の主人公みたいだと思う時がある。自分の利益になるわけじゃないのに、他人のために動こうとする夜光さんを俺は尊敬している。

 本当に出来た後輩だ、どうやったらこんな性格になるんだ?

「そっか、万引きGメンでそんなことを」

 優谷くんはどこかズレた返しをすると、人差し指を立てて「じゃあこれはどうかな? 結構面倒な方法だけど」と言った。

「頭の良い優谷サンが面倒な方法しか考えつかないなんて珍しいですね」

「そんなことないよ。……うわっ玲衣さん!」

「あっレイちゃんだ!」

「か、花厳さん!」

 声のしたほうを見ると、いつの間にか花厳さんが夜光さんの後ろに立っていた。花厳さんは夜光さんの首に両腕を回し、頭に顎を乗せながら「お化け見た時みたいなリアクションですね」と言った。

「こんにちは、お久し振りです。話の腰を折って済みません、何を話されてたんですか?」

「こんにちは。大丈夫だよ、椅子もう一つあるからどうぞ」

 優谷くんはにっこり笑って椅子を手で示した。花厳さんは「ありがとうございます」と笑い返して席に座る。

「あ、そうだ。良かったらチョコ食べる?」

「ありがとうございます、いただきます」

 ……なんか、なんかアレだな。花厳さんの態度が俺と優谷くんの時とで全然違うぞ。

 やっぱり顔か? 顔なのか?

 俺の視線に気づいた花厳さんは、俺を見て少し訝しげな顔をした。慌てて視線をそらすと、花厳さんは優谷くんのほうに視線を向ける。

「よければ、先ほどまでされていた会話の内容について教えていただけませんか」

 花厳さんがそう言うと、優谷くんは手短にリンドウスーパーでの万引きの話をした。話を聞き終わった花厳さんは「なるほど、ありがとうございます」と頷いた。

「そんなことがあったのか……それで、優谷サンはどんな解決策を思いついたんですか?」

 それはまだ俺も夜光さんも聞いていなかった。優谷くんのほうを見ると「本当に大した手じゃないよ」と眉を下げて笑った。

「慈さんが万引き犯を見た同じ時間と場所で張り込むんだよ。確か、21時辺りにお菓子売り場で目撃したんだったよね」

「張り込み、ですか」

 夜光さんはパチリと瞬きをして怪訝そうに言った。多分俺も夜光さんと同じ気持ちだと思う。張り込み自体は地道だけど確実性がある。でも、時間と場所を絞るのはリスキーじゃないか?

「良い案だとは思うんですが、時間と場所を絞ったのは……」

「中学生だから、学校とか部活で夕方前はないかなって。まあ他にも理由はあるけど、それは僕の勘だから。違ってたら恥ずかしいし」

 確かに。午前中に中学生がスーパーにいること自体おかしいと思われるだろう。

「うーん、でも張り込みなんてしたら怪しまれそうだけどなあ。見られてたら万引き犯も万引きしないと思うけど」

「これ着ればいいじゃないですか」

 そう言って、コアのジャケットを羽織っている花厳さんは自分の胸元を叩いた。

「確かに、それ着てれば怪しまれることはないか」

 というか本当に今更だけど、これ着て出来る事って結構あるよな。なにせただの透明人間より精度が高い。前も考えたことあるけど無賃乗車はやろうと思えば簡単に出来るし、それこそ万引きもやったって誰にも気づかれないだろうし……

「もしかして銭湯もノーリスクで覗けるんじゃ」

「すみません、何を考えているのかは分かりませんがその発言だけで余裕で警察呼べます」

「申し訳ありませんでした」

 犯人は「声に出しているつもりはありませんでした」などと供述しています。

 呆れた顔をした花厳さんは、その表情のまま「まあそういうことです。この間近くにいた慈に気づかなかったってことは、陰魂を見られない一般人だろうし」と言った。

「でも、またこれ着てたら万引きを止められないんじゃ」

「それはもちろん、捕まえるのはこれを着てない人だよ」

「着てない人って」

 そう言うと、花厳さんは戸惑っている夜光さんに視線を合わせた。

「案だけ出して『後は頑張って』なんてしないよ。手伝うに決まってるじゃん」

「もちろん僕も手伝うよ」

「俺もコンビニ店員だし」

「それは関係あるんですか」

 パチリと瞬きをすると、夜光さんは「巻き込んでしまってすいません、ありがとうございます」と頭を下げた。

「どうして慈が謝るの、そもそも万引きした奴が悪いんでしょ」

「そっか、それもそうだ」

 夜光さんは眉に力を入れて「よし」と言う。

「では、万引き犯更生プロジェクト開始!」

「「おー!」」

「犯人捕まえてシメよう」

 見た目がかなりヤンキー寄りなんだからそういう言葉遣いは控えたほうが良いよ、花厳さん。

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