第19話
俺と夜光さんは人から見えないように物陰でジャケットを羽織って、スーパーに入った。ピークの時間帯は過ぎたのか、スーパーの中にあまりお客さんはいない。医薬品や化粧品コーナーにはネットがかけられていて、買うことが出来ない状態になっている。なんでああいう商品って食品より販売時間が早く終わるんだろう。
リンドウスーパーは結構広い。これ、あんまり大きくない陰魂だったらすぐには見つけられないかもしれないぞ。
途方に暮れていると、夜光さんはパッと笑って「一緒に探しましょう!」と声を掛けてくれた。後でチョコ買ってあげよう。
まあ歩き回っていればいつか見つかるだろうという安易な考えのもと、俺と夜光さんはスーパーの中をグルッと一周した。
「いませんね」
「いないね」
え、いないんだけど。
その後も数周くらい回ったけど、やっぱり陰魂の姿は見当たらなかった。
「トイレにいたりして」
「屋上って線も考えられますよ。さっきは暗くて見えませんでしたが、本当はいたのかもしれません」
俺と夜光さんは、お互いのうんざりとした顔を見合わせてため息をついた。一体いつになったら帰れることになるのやら。
「夜光さん、遅くなりそうだし先に帰って良いよ。一緒に探してくれてありがとう」
時間も多分21時近い。流石にここまで付き合わせてしまうのは悪いと思ってそう言うと、夜光さんは「でも」と眉を下げた。
「2人で探してもすぐ見つからないのに、朝蔭さん1人じゃ」
「大丈夫大丈夫! 俺なくした物とか見つけるの得意だし」
「はたしてそれは関係あるんでしょうか」
そういえば、と夜光さんは目線を上にやる。
「前に屋上で見た奴は上の方にいました、ね……」
そしてそのまま固まった。嫌な予感がして、俺は上を見ないようにする。
「夜光さん、あの、もしかして」
「……ここのスーパーで発生する陰魂は、総じて高いところが好きなんでしょうか」
夜光さんがそう言った瞬間、俺の視界に大きな尻尾のようなものが映った。意を決し天井を見上げる。
「う゛ぁ」
今まで出したことのないような声が出た。いやちょっと、何あれ。
スーパーの天井には、以前屋上で見た奴と同じくらいか、それよりも一回りほど大きい陰魂がヤモリのようにべったりと張り付いていた。スーパーの天井の4分の1以上がその巨体で占められている。見た目は前の奴と同じように、沢山の腕が毛みたいに一本一本カラダを覆っている。一つ違うのは、尻尾のようなものが生えているところだ。よく見ると、あれもいくつもの腕が繋がって出来ていることが分かった。とにかく見た目が気持ち悪い。
「あんなの腕の化け物じゃん! アームモンスターじゃん!」
「アームモンスターだとちょっと可愛く聞こえますね」
「自分で言っといてなんだけど可愛くないだろ」
取り乱す俺の横で、夜光さんは顎に手を当てて唸る。
「アームモンスター、なかなか下りてくる気配がありませんね。どうしたもんか」
「良いよ下りてこなくて……」
俺の弱音を無視した夜光さんは、何を思ったのか背負っていた陽具を取り出した。もしかして、俺の代わりに陰魂を倒そうと考えているのだろうか。
「そ、それはダメだよ。俺がやるから、夜光さんは」
陰魂退治は体力を削る。それにただでさえここまで付き合わせているのに、これ以上迷惑はかけられない。慌てて夜光さんを止めると、夜光さんはニ、と笑った。
「退治はもちろん朝蔭さんにお願いしますよ。私はあの陰魂を下に来させます。あれが地面に下りてきたら、朝蔭さんは開状態になって倒しに行ってください」
そう言うと、夜光さんは刀を鞘から引き抜いた。
「下りてこさせるって、どうやって」
俺はビクビクしながら天井を見上げる。陰魂はゆったりと尻尾を振っているが、それ以外の部分はピクリとも動かない。夜光さんが言ったとおり、今のところ下りてくる気配は全く感じられない。
「開」
夜光さんは開状態になると、刀を片手で持ち、刃の切っ先を天井に向けた。そして下に向けて刀を引く。とある陸上競技を彷彿とさせるポーズだ。
ある疑問が頭に思い浮かび、俺は夜光さんに質問する。
「……あの、何しようとしてんの」
「槍投げっぽく刀を陰魂すれすれの所に投げて威嚇します!」
「天井に突き刺さった刀はどうやって回収するの?」
「あっぶね!!」
夜光さんは慌てて刀を両手で持ち直した。そして汗をかいた顔で振り返る。
「すいません打つ手なしです!」
「夜光さんは時々そういうところがあるね」
しかし夜光さんが開状態になったからか、陰魂は顔らしき部分(正直どこも腕まみれで顔かどうかは怪しかったけど)を俺達のほうに向けた。そしてビタビタビタッと壁を這ってこっちにやってくる。
「うわあキモいキモいキモい!!」
「あっ良かった、こっちに来ましたね! あとはお願いしますよ」
全然良くねえ!! いつの間にか開状態を解いていた夜光さんは、刀を鞘にしまいながら俺の後ろに下がった。
陰魂は既に俺のすぐ近くまで這ってきていた。そして床まであと数メートルというところでピタリと止まり、ゆっくりと俺のほうに顔を向ける。うん、今にも飛びかかってきそうだ。
ええい、もうやるしかない。
メリケンサックをポケットから出して嵌めながら「開!」と言うと、途端に身体が心地よい熱気で包まれる。心臓が直にお湯に浸けられたみたいに温かい。
陰魂は、ぎゃあと一声喚くとびょんと蛙のように俺に向かって飛んできた。予想通りだ。
俺はいつものように腕を思いっきり後ろに引く。
「おっらあ!!」
そして引いた時の力をそのままそっくり前に押し出した。拳が鼻先にいた陰魂にめり込む。
「あれっ?」
陰魂はいつも通り跡形もなく消えた。しかし違和感を覚え、思わず声が出る。
まあいい、とりあえず開状態を解こう。
「閉。おおぅ……」
1日の終盤ということもあってか、かなりきつい……。喋れる動物達に支配されている某テーマパークを一日中遊び回った時の疲労感と似ている。
「段々スムーズに中和出来るようになってきましたね! ……どうしました?」
夜光さんはこちらに駆け寄ってくると、じっと拳を見つめている俺に首を傾げた。
「……チッまた右手が疼いちまったぜ、今宵の化け物も一瞬でフェードアウトさせちまったな」
「返事しないからって変なアテレコしないで!」
「へへ、失敬」
どうでもいいけど夜光さんの中二病のイメージ結構貧困だな。
夜光さんは首を傾げて眉をしかめ「もしかして怪我でもしたんですか?」と心配そうに尋ねてきた。
「ううん、それは全然。心配してくれてありがとう」
俺はメリケンサックを右手から外しながら、さっきからひっかかっていることを夜光さんに話す。
「夜光さん、前に陰魂は大きさじゃないみたいなこと言ってたじゃん」
「えーと、はい、多分言いましたね。それがどうかしましたか?」
「正直初めて聞いたときはそんなことないだろって思ってたけど、ちょっと分かった気がする。さっきの奴、なんか風船みたいだった。見かけと中身が伴ってない感じだったよ」
メリケンサックを嵌めた後に残る違和感を消すために、右手を握ったり開いたりしながら言葉を返す。
さっきの陰魂を殴った時、当たった瞬間は殴った衝撃がこっちにも伝わってきたけど、拳が完全にめり込むと衝撃の行き先が急に消えた。「スカッ」って感じだ。あまりに手応えがなさ過ぎてバランスを崩すところだった。
「風船、ですか」
夜光さんはそう言って頷く。
「確かに私も陰魂を切ったとき、思ったより簡単に切れたりすることがあります。朝蔭さんは攻撃がより直接的な分、そういうのを感じやすいんでしょうね」
「そうなのかな」
やっぱり夜光さんも同じように感じることがあるんだ。
「中身がスカスカなのに、見た目は大きいのには何か訳があるのかな」
そう呟くと、夜光さんは「朝蔭さんは面白いところに目を付けますね」と笑って言った。
「陰魂の研究はあまり進められてないそうです。倒すことが一番なので」
「それはそうだろうね」
「朝蔭さん、将来コアで研究員として働くのはどうですか?」
「絶対やだ!!」
あんなブラック企業、バイトで働くのすら嫌なのに正社員になるなんて断固拒否だ。夜光さんは「ですよね」と笑った。
「さて、じゃあ私は本来の目的を果たしに行きます。ではお疲れ様でした」
「ああそういえばチョコ買いに来たんだっけ。せっかくだし奢るよ」
「いえ! 朝蔭さんの財布を私のための出費で軽くしたくありませんので、お気遣い無く!」
「頑なだな!」
もしかして、俺金欠だと思われてる? 今までもらったお年玉とかほとんど使わないで机の奥に貯めてるくらいの倹約家なんだけどな……。
まあ夜光さんのあの遠慮が、実は「朝蔭さんキモい! ウザい! 無理!」って思っているが故の言動かもしれないし、しつこいと恩着せがましく思われるだろうからここは引いておこう。……いや、夜光さんに限ってそんな酷いことは考えてないと思うけどね、でもまあ一応ね!
勝手に想像して一人でダメージを受けていると、チョコを買いに行ったはずの夜光さんが難しい顔をしてこっちに駆け寄ってきた。
「どうしたの夜光さん? あっさてはホントは奢って欲しかったんだろ? もう、素直じゃないんだから~!」
「なんで嬉しそうなんですか?」
夜光さんは不思議そうにそう言うと「ええと、違います」と首を振った。
「万引き現場を見てしまいました」
「まんびき……万引き!? 嘘!?」
びっくりして大声を出すと、夜光さんは深刻そうな顔をしてコクリと頷いた。
「はい。今さっきお菓子売り場に行ったら、ちょうど商品をバッグに滑り込ませている場面に出くわしました」
「その人に逃げられたの?」
そう聞くと、夜光さんは無言でジャケットの裾を掴んでバタバタとさせた。そういえばそうだった。
「そもそも認識されないんだったね」
「その場で脱いだらいきなり現れたみたいになりますし。人目につかないところで脱いで捕まえようかとも思いましたが、見逃してしまうかもしれなかったのでとりあえず人相確認に努めました」
「相変わらず有能だなあ」
感心していると、眉根に皺を寄せながらスマホを操作していた夜光さんは「これ、肖像権の侵害になりますかね」と言って写真を見せてきた。
「万引きしてたのって男の子だったんだ」
「はい」
夜光さんのスマホの画面には中学生くらいの男の子が映っていた。外見だけで判断すると大人しそうな雰囲気で、とても万引きなんてするようには見えない。万引き後の写真を撮ったのか不自然な素振りは見られず、写真を見る限りではこの男の子が万引き犯だとは思えなかった。
「……これ、万引きした後の写真だよね?」
「やっぱり朝蔭さんも変だと思いましたか」
夜光さんはそう言うと、ふうと重苦しいため息をついた。
「まるで罪悪感なんてなさそうですよね。万引きもなんだか手慣れているように見えました。多分この男の子、初犯じゃないです」
写真の中の男の子は、どこか笑っているように見えた。
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