第18話


 目を細く開けてスマホの画面を見る。……うん、見間違いじゃない。

「目にゴミでも入ったんですか?」

 更衣室から出てきた夜光さんにそう聞かれる。俺はスマホから顔を上げて「違う」と低い声で返し、画面を夜光さんに向けた。

「……うわ、お疲れ様です」

「うわって言うな」

 もう一度画面を見てため息をつく。やっぱり何回見ても変わらない。

 バイトが終わり、さあようやく帰れるぞと思いながらスマホを開くとコアから依頼が来ていた。こっちが終わったと思ったらそっちが始まったか。

「あーあ、帰る気満々だったのに」

「でも依頼場所リンドウスーパーじゃないですか。パッと行けばサッと帰れますよ」

 確かに。それに今行かず引き延ばしたほうが、陰魂が凶暴になってしまってもっと面倒くさくなる。仕方ない、今から行くか……。

 あーでもやだなぁ、怖いなぁ。俺未だに陰魂に対して耐性つかないんだけど、どうして? どうすりゃいいの? 一体いつになったら慣れるんだよ……。

 心の中で激しく嫌がっていると、廃棄品を漁っていた夜光さんがため息をついた。

「はあ、今日はあんまりいいのがないなあ」

「え、そう? 竜田弁当とかあるじゃん、これついさっき廃棄になったばっかだから美味しいと思うよ」

「家で夕飯用意されてるので、ガチの弁当はちょっと」

「ガチじゃない弁当ってあるの?」

 あ、コーンマヨパンある、これ貰おう。夜光さんの隣にしゃがみ込んで一緒に廃棄を漁っていると、夜光さんはうーんと唸った。

「チョコが食べたい……」

「チョコ? チョコねー、お菓子は廃棄になりにくいから、なかなかないよ」

 夜光さんってチョコレート好きなんだ。色々お世話になってるし今度なんか買ってあげようかな。

「……よし、リンドウスーパーで買います。ここよりスーパーの方が安いし」

「えっ!」

 バッと夜光さんのほうを見ると、夜光さんは「どうせだし一緒に行きませんか」と笑って言った。もしかしなくても、俺の心を察してくれたんだろう。本当に良く出来た後輩……

 グギュルルルル

「すみません限界が近いので先にスーパーに行って良いですか」

「いっ一緒に行こうよ!」

 お手本みたいな音が夜光さんのお腹から聞こえてきた。夜光さんはげっそりした辛そうな顔をして事務所を出て行ったので、慌てて追いかける。

 もしかして、本当にただお腹が減っただけなのかもしれない。


    ◇◇   ◇◇   ◇◇


 時刻は既に夜の8時を回っていて、見上げた空は墨をぶちまけたみたいに真っ黒だ。チラッと俺の隣で歩く夜光さんを見る。

「今日も自転車で帰るの?」

「そうですよ」

「こんな暗いのに自転車漕ぐの危なくない? チョコなら俺コンビニでパッて買ってくるよ」

 もし本当に買い物がしたいって理由ならスーパーに行くのを止める権限はないけど、もし怖がってる俺のためだとしたら申し訳ない。今更だけど、遠回しに「気を遣わなくて大丈夫」だということを伝えてみる。

「いやいや、お気遣いなく! それに私のチャリンコのライト2000ルーメンですごく明るいんで、暗くても全然へっちゃらなんです」

「ル? え、何それ」

「明るさの単位です」

 知らない。故にどれほど明るいのかよく分からん。

「それに今日よりも遅い時間にバイト終わることのほうが多いじゃないですか。今更ですよ」

 そう言って夜光さんは明るく笑った。どうしてだろう、余計に気を遣われた気がする。

 そうこうしているうちに、リンドウスーパーに着いた。そういえば2回目に陰魂見たのはここだったなあ、アレはめちゃくちゃデカかった……。

 バッと屋上を見る。暗くて分かりづらいけど、陰魂の姿はない。

「よかった、今回もまたデカい奴だったらどうしようかと……」

 安堵からため息を吐くと、夜光さんは「前にここにいた奴大きかったですよね」と頷いた。

「あ、でも今日は屋上じゃなくてスーパーの中にデカい奴がいるかもしれ……すみません、そんな顔をさせるつもりはありませんでした」

「言葉に気をつけなさい夜光後輩」

 どうか、どうか前みたいに大きい奴じゃありませんように!


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