神様は……

 真っ白な壁に真っ白な部屋。申し訳程度のドレッサーが視界に映るそこ。

 すでに見慣れたそこにいる事が懐かしくて――そして切なくて。


 目覚めた私は誤って転生したあの〈エンディア〉から帰還したのです。いえ――正確にはビアスさんによって強制送還されたのですが。


「帰って……来た。」


 恐らくこちらに戻ってからも溜まる疲労により、疲れて眠ってしまってたのでしょう。まだ記憶の片隅に残るビアスさんの声で、鏡に映る自身の顔は頬を未だ涙に濡らしています。


 けれど――少しだけ心を整理しようと鏡を見つめた私は、見姿が転生した時のままの輝くブロンドを揺らす美少女であるのを確認しました。

 同時に浮かんだのはビアスさんから語られた約束と、「また会おう。」の想い。


 そう思考した私は時間確認と時計を見やり、それがお仕事に向かう頃合だと確認すると――心が落ち着くのを待って身支度を整えます。


 その胸に一つの想いを貫いて――



∽∽∽∽∽∽



「分かってるのかね、アリス君!その様に容姿を磨く時間があるのなら、今の我が〈ウンエイン界〉を立て直すだけの仕事を取ってき給え!」

「君がこちらの指示もまともに聞けず、転生者の一人も異世界に送れぬから――」


「申し訳ありませんが、大神さま。私は今日限りでこの〈ウンエイン界〉の仕事を止めさせて頂きます。」


「……は?いや、ちょっと待ち給えアリス君!そんな急に止めるだなんて、それでは我が世界の売り上げは――」


 決意の双眸で愚かなる世界ウンエイン界へと辞表を叩き付けた少女神様アリスは、引き止めるの言葉も振り切りきびすを返した。

 思考に抱く想いを叶えるため――新たなる勤め先を探そうと、真っ白な上層界の街並みへ一歩を踏み出した。


「はぁ~~。勢い勇んで飛び出たはいいものの……当てなんてないんですよね~~。」


 が――先の勢いからやや尻すぼみな声が、険しい試練の始まりを予感させた。


 その少女神様の視線に止まる街頭の張り紙チラシ。切実さと真摯さが篭る、求人広告が目に飛び込んだ。

 さらに少女神様の心を打ち抜く事となる。


「ん?よさそうな求人広告発見です。『新規事業立ち上げに付き新戦力求む!我が社には流行物にかまけ本質を見失った物語は必要ありません!』……って、見るからに私好みじゃないですか!企業名は――」

「『求めるのは、その地に住まうです! 神輝出版 ・ライブラ――』……ビブ、リアス――」


 広告を見た少女の体が小刻みに震え出す。

 口にしたその企業名を繰り返した少女は、広告の指す企業所在地――街の外れへと駆け出していた。


 肩で息を切らし――

 転びそうになりながらも足を前へ進め――

 辿り着いた街の外れ……真新しい白と蒼の入り混じる小さな建物を見つけた。


 その建物を見るやドアノックすらも忘れて扉を開け放ち、少女神様ははやる想いを抑えて建物の少し登った階段を上がっていく。

 ようやく辿り着いたのは、小さな出版社奥の〈代表取締役室〉と書かれた部屋。


 震える声を落ち着かせて――少女は名乗りを上げる。

 考える事など何もなかった。


「ごめんください!あのっ、ぶしつけで申し訳ありません!私……ここで物語を作るお仕事させて頂きたいと参った、アリスと言う者ですが――」


 そんな少女の耳に届いたのは信じられぬ声。

 しかし、また会うと誓ったはずの聞き慣れたそれであった。


「やあ、?入ってくれ……。」


 響いた声は少女の雫を再び溢れさせた。

 無礼も何も吹っ飛ばす勢いで扉を開け放つ少女は、知る姿とは違えど――間違うはずもない誓いを交わした声の主に向かって飛び込んでいた。


「ビアスさんっ!!」


「おっと……悪いな。あちらでは、アバターとしてあの姿を使っていた。少し見てくれが違うのは容赦してくれよ?アリス。」


「そんなの構いません!こんなに……こんなに早く会えるなんて――」


「待たせたくなかったからな。いつでも物語を作れる様に、準備は進めている。いきなりだが――覚悟はできてるか?」


 飛び込む小さな神様――否……女神のブロンドの御髪を撫でながら声の主は言った。

 神輝出版 ビブリアス・ライブラリ 代表取締役、は……言い放った。


「はいっ!私……きっと、素敵な物語を作ってみせます!」


 頭二つ分高くなってしまった本来の元エージェントへ向けて、女神は宣言した。



 後に下層界は愚か、上層界にすら名を轟かせる極上の物語を生み出す宣言を……落ちこぼれと言われた女神は宣言したのであった―― 

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転生女神様を守らせて! 鋼鉄の羽蛍 @3869927

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