神様は託されました!

「ビ……ビアスさん!?身体が——身体が消えかかってないですかっ!?」


「ああ、どうやら時間の様だ。ひとまずこの世界の不穏因子は取り除かれたからな。」


 それは世界救済を成した余韻などけし飛ぶ異常。少女神様アリスにとっては、少なくともそう映っていた。

 不本意で飛ばされた異世界とは言え……そこで出会い——世界救済のため共に戦ったエージェントビアスの身体が突如として存在感を消失している。

 少女が胸に抱いた想いからすれば、それは不穏なる者共の台頭すら置き去りにする事態である。


「なんで!?と言いますか、そんな事態……私は聞いて——」


 悲痛に塗れた少女神様の言葉をさえぎるのは——エージェントの真摯なる眼差し。

 そして……事の顛末が語られる。


「聞いてない——いや……俺が教えていなかったんだよ。悪いな。」

「確かに俺は〈世界線物理事象防衛機構グランディック・セイバー〉に属するエージェントと言った。だがな……それはそもそも〈エンディア〉の世界上には存在していないんだ。」


「え……?それってどう言う意味?」


 困惑する少女神様。

 その間もエージェントの身体は足先から希薄さを増し、それが尋常ならざる事態である事は容易に想像出来た。


 そんな消えかかる手を少女の頬に伸ばしたエージェントは……優しく語る。

 転生者と言う身でありながら世界救済に尽力した、……いと優しく語った。


「俺は言わばこの世界の防衛システム……免疫機能に相当する存在だ。奴らの様な存在を直接排除し易い〈エンディア〉人を模したアバター ——それが俺だ。」

「だから奴らが消えれば俺の役目も終わる。俺の身体が消えるとはそう言う事だ。」


「そん……な。そんなの——」

「じゃあ私の、この胸に生まれてしまった想いはどうなるんですかっ!?せっかく無法者を退治して、こんなにも素晴らしい世界を取り戻して……!それで……それで——」


 混じる嗚咽が言葉を詰まらせる。

 少女とてその様な想いは生まれて初めてであったから。

 誤って異世界に転生し、エージェントと出会うと言う数奇な因果は……彼女に未知の感情を生み出してしまったのだ。


 未知の想いへの戸惑いから泣き崩れる少女へ……エージェントは最後の言葉を贈る。

 別れを惜しむのでは無く——きっと再開出来るとの誓いを込めて。


「そんな顔すんな、アリス。君との共闘は案外心地が良かった。俺も正直まんざらでもないんだ。そんな君に、俺から頼みがある。」

「もう一度君がいた世界線へと戻り、あんな輩共が生まれない様な……そんな素晴らしい物語を作ってくれないか?」


「……物語、を?」


「ああ。君が作る……希望を目指し戦い続ける者達の生き様を描いた物語を。もしそこにあんな輩共が現れたなら俺が——俺が君と君の物語を守るために馳せ参じる。」

「約束だ。そうしてまた会おう……。」


 そこまで言い終えたエージェントは、半物質刃を少女の体ではなく……ブロンドの御髪へく様に通した。


 エージェントが取る行為を、少女神様はただ見つめる事しか出来なかった。

 無用なわがままは彼の想いを踏みにじる事になるのを知っていたから。

 そして掛けられた言葉は別れを指すものではない……再開を望む言葉だったから——


「ビアスさん……また——また会いましょう!必ず!必ずですからねっ!?」


 叫びにも似た言葉を待たずに、先の不貞の輩を包んだ光が少女神様を覆い尽くした。



 淡い想いを抱いてしまった青年。

 誇り高きビブリアス・リードの消え逝く姿を双眸に映しながら……。



∽∽∽∽∽∽



 俺TUEEEとチート能力を振りかざす勇者と魔王が屠られて後、〈エンディア〉の地は猛烈な嵐が過ぎ去ったかの様に輝きを取り戻した。


 暗雲が消え去った蒼天は浮かぶ真白な雲と供に平和を歌い、木々は風に揺られて安堵を零す。

 清きせせらぎと小鳥のさえずりが、数多の生命が帰還した今を祝わんと協奏曲コンチェルトを奏でていた。


 だが――

 その世界を救った一人はすでに霞となり……もう一人は元いた世界へと戻ってしまった。

 けれど世界は勇敢にして慈愛に溢れた彼らを忘れはしない。

 世界の免疫機能として生まれたビブリアス・リードと言う青年と……本来〈エンディア〉の様な物語を生み出せし側の少女――


 アリスと言う、落ちこぼれで……しかし勇敢なる慈愛の女神の事を――

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