田中さんはサンマンエン

真花

田中さんはサンマンエン

 居酒屋で一杯やっていたら、外国人四人組が近くのボックスシートに通された。

 何語かも分からない話し声、聞き流していたら急に耳慣れた音が飛び込んで来る。

「サトー、サトー」

 佐藤課長の顔が頭に浮かぶ。後退していた前髪前線がある日、いきなり最前線に復帰したから「異常気象ですか?」と訊いたら「お前も砂漠化してみるか?」怖かった。

「ゴセンエン!」

「ゴセンエン!」

 課長が五千円?

「タナーカ、タナーカ」

「タナーカ!」

「タナーカ!」

 さっきよりテンションが高い。

 田中さんは我が部署のアイドルだ。昨日彼女に「セクハラへの注意喚起」のプリントを渡された。身に覚えがないか徹底検索しながら、僕の中の何かがときめいた。

「ニマンエン!」

「ニマンエン!」

 まあ課長が五千円なら妥当か。

「ンンン! サンマンエン!」

「サンマンエン!」

 値上げした。

 大盛り上がりの四人。

 と言うか偶然苗字が一致しているだけなのか? 確かによくある苗字だけど、うちの部署のこと言ってるんじゃないよな。

「スズーキ、スズーキ」

 僕の唯一の後輩、鈴木君。マッチョ。「先輩、筋肉は自信とイコールです」君の筋肉は自信過剰を心配したくなるレベルだよ。いや、そこまで鍛え上げたのはすごいけどね、僕の存在を筋肉量だけで測るのはやめて欲しい。敗北感とかじゃないんだ。違うんだ。

「ゴセンエン!」

「ゴセンエン!」

 課長と同額! なかなかの高評価だ。

 では、僕はどうなのか。気になって来た。

「タカハーシ、タカハーシ」

 来た。

 全身を耳にする。さっきから酒は一滴も飲んでない。

「ゴジューエン!」

「ゴジューエン!」

 え? 僕、五十円? 鈴木くんの百分の一? 確かに筋肉量はそんなものかも知れないけど。

 ものすごい盛り上がりの四人。

「タカハーシ! タカハーシ!」

「ゴジューエン! ゴジューエン!」

 僕はたまらずボックスに向かう。

「僕そんなに安い!?」

 僕の顔を認めた四人は一瞬凍りついて、それからスターにでも会ったみたいに僕を指差し、声を上げる。

「タカハーシ!」

「タカハーシ!」

 握手を求められて、一人ずつ手を握る。

 四人のテンションは最高潮。

「タカハーシ!」

「タカハーシ!」

 ちょっとはにかむ僕。

 四人は一斉に掌を向ける。

「ゴジューエン!」

「だから、何でだよ!?」

「ンンン、ゴジューゴエン!」

 値上げした。税込み?

「ゴジューゴエン!」

「ゴジューゴエン!」

 粘ってもそれ以上は上がらなかった。同期の伊藤君は僕より高いのかな、どうなのかな。

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