第5話




「ほら見ろ、俺の恋愛力」


 あれから――


「まあ確かに、この数か月で赤の他人から休日に出掛ける仲に発展させるとは恐れ入ったよ。君が本気になれば本当に一回の恋愛で結婚までこぎつけそうだ」


 所詮は学生の恋愛。こんなものはお遊びだ。特に同性なら、「先輩と過ごした思い出」さえ作ればこちらの勝ち。追坂おうさかが満足すればそれでいい。

 どうせ「その先」のビジョンなんて見えていない。考えてもない。今が良ければ満足。それが恋愛というもの。


「改めて思った、学生の恋愛なんて時間の無駄だ。そんなのに労力を割くくらいならレベル上げ周回する方がよっぽど楽しい」


 姉に追坂の存在を印象づけて、行く先々で出会ったりと意図的な偶然を重ねて、同じ趣味を持たせて、そのためにいろいろなことを憶えさせて――


「出会った瞬間、恋に落ちるとか……そういう、運命の相手ってのは、おのずと分かるもんなんだよ。こんな面倒な段階踏まなくても、自然とうまくいくんだ」


「メルヘンだねえ、ただまあその怠惰を責められないくらいには勤勉な君を見てきたから僕は黙って頷くばかりだ。それが君の結論なら仕方ない。……まあ僕も楽しかったよ。普段とは異なる夏夜かやさんの顔が見れたからね」


「あぁ、楽しい思い出で終わっとけ。実際にうちの姉貴と生活するとか疲れるだけだよ。それと、お前がお義兄さんとかすごい不快だからな」


「諦めるとは言ってないけどね。それと――夢や幻のまま終わらせてもいいのかい?」


 などと、分かったようなことを言うが――そういう打算で、付き合ってきた訳じゃない。


 恋心なんてものは、きれいな思い出のまま仕舞っておけばいい――



「私は、このまま終わりなんて嫌なんです」



 ……ある日、放課後。

 誰もいない屋上に、雪実ゆきさねは呼び出された。


「卒業したらそれで終わり、それっきり疎遠になって……仲の良かった後輩で終わるのは、嫌なんです。私はもっと、先輩といたい」


「……それで? なんのビジョンも見えてないくせに、とりあえずの障害を……このオレを排除しようって訳か?」


 追坂は、鋏を持っていた。いつかはやりかねない、そう思っていた。


「弟子が師匠に歯向かうとはいい度胸じゃねえか。オレに受けた恩を忘れたか? まあいいよ、お前がどんなクレイジーな展開ご所望でも、オレは普通に逃げるからな」


 カッコ悪、とか、赤井あかいがこの場にいたら言いそうだ。


「恩は忘れてません。だから……その恩を返すためにも――今度は、私が仲谷なかがいくんの恋を応援します」


「再三言ってるが、俺は恋愛なんてしない。あと、鋏持って言う台詞じゃねえ」


「好きな人がいるんですよね!? わ、私みたいに……告白できないでいるって、赤井くんが言ってました。だから、それを今度は私が応援しますっ。だから……その人のこと教えてくださいっ」


「この数か月で自分が変わったとか思って自信でもついたか? 調子に乗るなよ。自分の恋も一人じゃ出来ないくせに」



「だから……! 今度は、私の力で――障害を取り除くんですッ」



 追坂が鋏を開く。それに驚き雪実は後ずさるが、追坂は手にした鋏の刃を――自分の前髪にあてがった。

 自分の片目を隠す、前髪に。



「教えてくださいっ、好きな人……じゃないと、この髪切りますよ……!」



「予想の斜め上を行くクレイジーさ!」


「本気です……! いいんですか!? 仲谷くんが好きな片目隠れ系後輩キャラじゃなくなりますよ!? 前髪なくなりますよ!?」


「お前は自分が何言ってるのか分かってるのか……?」


 その気迫に多少気圧される。


 ……こいつは、本気だ。


 自分のアイデンティティを、女の命を投げうってまで、雪実の「好きな人」を聞き出そうとしている。そうして雪実とその人をくっつけて、障害を排除しようと。

 それからどうするつもりなのかは分からないが、雪実が誰かと付き合い、一人になった姉の夏夜に近づく――


「仲谷くんに恩を返さないと、私は先輩ときちんと向き合えない……!」


 雪実と対等の関係になって、真っ正直に、真正面から、きちんと夏夜に「好き」だという――そのために、必要な工程なのか。


 なんというエゴだろう。


(そこまでして……いや、そこまで、姉貴のことが好きなのか)


 雪実の信念とは反するが――打算で近づいて、努力して自分を変えて、相手の好意を得ようと……相手とずっと一緒にいるために、たくさん苦労して。

 それくらい本気で、手放したくない。一緒にいたい相手――本気の恋。


 遊びだと侮っていた。たとえ未来が見えなくても、「今」もっともそうしたいという気持ちだけの行動でも――それは、本気なのだ。


 多少、考えを改めよう。


 だが、は雪実の信念に反する。


 そのために、近づいたんじゃない。



「切れよ、髪。切ってもお前は可愛い」



「……!」



 夕焼けのように顔を赤く染める。



 ――本当に「好き」なら、相手に自分の気持ちを押し付けるべきじゃない。

   策を弄したりして、打算的な交流を図るべきじゃない。

   相手に誰か好きな人がいるなら、その恋を応援しようと思う。



 それが、仲谷雪実の信念だ。



「本気で姉貴のことが好きなら、本気でぶつかるべきはオレじゃないだろ。あの馬鹿に踊らされてんじゃねえ。オレが障害? そんなのは言い訳だ。本当に好きなら……オレがいようといまいと関係ねえ、お前が姉貴を惚れさせればいい。それだけだ」



「――――」



 相手の「好きな人」が――「自分」になるよう、努力する。



 ……それだけだ。



 だから――オレたちの〝恋愛〟は、これからだ。



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純粋、極まって 人生 @hitoiki

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