第4話




「まず、お前は姉貴にどれだけ認知されてる? 話したことは?」


 その日の昼休み、屋上の片隅で雪実ゆきさね追坂おうさかと昼食をとっていた。

 ようやくまともに話せる機会を得て、早速こちらの計画を話そうと思っていた。


「こ、声かけたこと……ありますっ」


「朝の挨拶か? そんなんモブと変わらねえよ」


「も、モブ……。で、でも……! たまに、一緒に登校したり!」


「ほう。見たことないが」


「朝、お家から出てくるの待って……一緒に」


 雪実はだいたい姉と同じ時間に家を出るが、そんな事実があったとは知らなかった。


「緊張して声かけられないから、その、後ろからついていくだけなんですけどっ」


 もじもじしながら言ってくれるが、


「重症だな……。他に何か接点はないか?」


 ありがちな恋愛イベントを考える。告白に繋がる季節行事といえば……。


「今年の二月、バレンタインとかどうだ。今年も豊作だったが、お前も渡したのか?」


「は、はい……! 手作りしましたっ。わ、私の気持ちが伝わるように……」


「……まあ数に埋もれて認知されてないだろうけど……」


「指切ったんですけど……痛かったです」


「ちょっと待て、今どういう脈絡でそうなった? チョコ作ったことないから知らんけど、指切る要素あるか?」


 不穏な気配を感じてたずねると、


「はい、血が必要だと思って」


「……血って、血液か? blood?」


「やっぱり、食べ物で気持ちを伝えるんだから……。気持ちって、心臓ハートから生まれるじゃないですか。それなら血かなって」


「…………」


 一気に食欲が失せた。血の気も失せた。姉がもらったチョコの処理を今年も手伝ったが、もし口にしていたらどうしよう。


(というか百パー認知されてないぞ――マジ、オレが手紙見て正解だったわ)


 頭を抱えたくなった。


「真面目に、いっこ聞きたいんだが……お前はなんでうちの姉貴が好きなんだ? こう言うのもあれだが、あいつは外面そとづらだけだぞ。猫かぶってんだ。高校デビューの時のキャラから抜けれないんだ。うちじゃあな――」


「私、本当の先輩を知ってるんです……」


「本当の?」


 ……ストーキング?


「私、むかし仲谷なかがい先輩と会ったことがあって……」


「あぁ、お前が好きになった動機か。書いてあったな、そんなこと」


「読んだんですか!?」


 人でなし、とでも続きそうな顔で見られた。


「事故だ。不可抗力だ。……で? 本当の姉貴ってなんだよ」


「仲谷先輩って――、」


 追坂は内緒話でもするように雪実に身を寄せてきて、耳元でささやいた。



「――ほんとは、男の子ですよね?」



 ……は?


 まじまじと、顔を赤くしながらうなだれる追坂を見つめる。


「隠さなくてもいいんです、知ってます。私がむかし会った先輩は男の子だった。だからあんなに同性から人気なんです。過剰にお姫様感出してるんです。仲谷くんもそれを知ってるから、私に協力してくれるんですよね」


「…………」


 何言ってんだ、こいつ。急に早口になって。


(確かに姉貴はむかし男勝りだったけどな……その反動でこっち来てからお姫様ムーブかまして戻れなくなってんだけど――何か勘違いしてるのか、別人か――)


 


「だから、むかし会ったからいきなり手紙でもいけるって? 無理だろ、何年前の話だ」


「そうですよね、私のことなんか……」


 あからさまに落ち込ませてしまった。

 どう声をかけようか雪実が悩んでいると、


「やあやあ雪実、例の件は順調かな?」


赤井あかい……」


 空気をかえるにはちょうどいいが、面倒なやつがきたものだ。


「こんにちは追坂さん、僕は雪実の無二の親友・赤井経一けいいちさ。君と同じ高嶺の花を目指すライバルでもある。女の子だからって手加減はしないよ」


「ら、ライバル……?」


「でも僕の方が一日の長というやつだからね、今日はヒントを上げに来たんだ。たぶん雪実じゃ気付けない、夏夜かやさんに近づくための一番の障害の話だ」


「仲谷先輩に近づく、障害……?」


 まあ客観的に姉のことを見ている赤井の話は参考になるだろうが、


「助言はいらん」


「まあまあ雪実、僕はあれだよ友人Aさ。恋のサポートをするキャラがいても君の恋愛力の証明の邪魔にはならないよ。……追坂さん、夏夜さんにはね、好きな人がいるんだよ」


「え?!」


 ここ一番に素っ頓狂な声を上げる。なんでそれを教えてくれなかったんですか、とでも言いたげな目をされる。


「というのも、それは実の弟、雪実のことさ。ブラコンなんだね、もう家ではゾッコンなんだな、これが」


「そういえば……」


「追坂お前なに思い当たる節があるみたいな顔してるんだ恐いぞ」


「だから、まずはじめに排除すべき障害は雪実だ。具体的には雪実に〝彼女〟をつくって、姉離れ……もとい、夏夜さんに弟離れさせるんだ」


「なるほど……」


「納得すんな」


「かくいう僕もあの手この手をこまねいて、雪実に女の子を紹介してるんだけどね。そのために個人情報大図鑑まで出来ちゃったほどだ。でもうまくいった試しがない。まあ雪実の好みのタイプは分かってるんだ。ずばり、片目隠れ系後輩キャラ」


「適当なこと言うなよコラ」


「実際君はそういうキャラ好きじゃないか。性能の次の判断基準はやっぱりタイプかどうかだろう?」


「片目隠れ系……」


「お前もこいつの言うことは真に受けるな」


「で、だ」


 赤井が満面の笑みで言う。


「ここに逸材がいるんだよねぇ。……追坂さん、試しにきくんだけど、君は夏夜さんのことなんて呼んでる?」


「え? 仲谷、せんぱい……?」


「よしっ、ナイス! いやぁ、雪実も隅におけないね……あとはこれをその辺でアピールしまくれば既成事実の完成だ」


 こういう打算的なやつなのだ、赤井という男は。


 で、


「わ、わわ……」


 何かに気付いたのか、顔を赤くしてわたわたしはじめる追坂である。


(クソ面倒くせぇ……)


 言っとくけどな、と釘をさす。


「自分で言うのもあれだが、仮にそうなったら真っ先に姉貴から敵視されるぞお前」


「そ、それは困ります……!」


 それに、そういう下心があって追坂に近づいたのではない。心外だ。利用はしてるが。


「す、すみません……謝罪の意を込めて断髪します」


「やめろ。髪は女の命とかいうだろ、気安く切るなよ。お前のアイデンティティだろ。というか切らせたとなったら変な誤解されかねん」


「まあ雪実的には貴重な片目隠れ系後輩キャラは捨てがたいよね。僕も捨てがたいよ。君らがなんと言おうとくっつける気満々だ」


「うるせえしばくぞ」


「もうしばいてる暴力反対!」


「やっぱり変な誤解されないよう切るしか……。でも髪はいっぱい使うから、伸ばさないと……」


 何に使う気は甚だ疑問だが、


「誤解も何も、オレはお前なんて興味ねえよ。それに、オレは恋愛とかしない」


「そうそうそうなんだよねぇ、雪実ってばこれだから。でも好きな人はいるんだろ? むかし出会った思い出の女の子」


「お前……」


 もしかしてさっきの話、聞いてたのか。


「仲谷くんも好きな人がいるんですねっ、私と一緒ですねっ」


 でもこっちは手紙出しましたけどね、みたいな誇らしげな顔をしてくれる。

 少し、ほっとする。


「そうだよ雪実、告っちゃいなよそうしなよ、追坂さん見習って手紙でも書いてずばっとさぁ。そうしたら障害が消えて僕もウィンウィン」


「うるせえしばくぞ」


「でも実際さぁ、そう意固地だと疑っちゃうよね。今回の話聞いた時なんか、僕は思ったよ。本当は雪実、追坂さんを口実に夏夜さんとの愛を深めようとしてるんじゃないかって。ほらよくあるだろ? 他人を表舞台に立たせて、自分は裏から実権を握る系のヤツ」


「陰謀論じゃねえかよ。というか実の姉だぞ血ぃ繋がってんだよ。オレは迷惑してるんだよいろいろ。姉貴に恋人できるってんならこっちこそ願ったり叶ったりだ」


「こ、恋人……」


 気の早いやつがいる一方で、


「それなら僕でもいいじゃないか。サポートしてくれよう親友だろぉ」


「それは断る。……というかひと殺しそうな目をやめろ追坂」


「そっそんな目してません……っ」


 とはいえ、放っておいたら何をしでかすか分からない危険思想の持ち主だ。


「安心しろ。オレがお前の恋を叶えてやる。今に見てろよ――」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る