第62話 あひるの子
その朝、
「マルチか」
振り返る知の前をシルバーの機体が通り過ぎる。
「え、なに、
反射的にキックを踏み降ろしスタンドを蹴りスロットルを捻る。どうやら攻めてはいないようで
「モノサス?! ガルアーム?!!」
少し距離を置き車体の傾きを利用して観察する。見えてきた。フロントも対向シックスポットキャリパーのダブルディスクに倒立フォークだ。大きくモディファイされているのは足回りだけではない。シングルショックを避けるためもあるのかエアクリーナーボックスは取り除かれオーバルなパワーフィルターを伴う四連FCRキャブが吸気を
知は流している間、様々な想像を働かせたが前を行く背中はヤツに違いない。どういう理由で、こんな小刀を駆っているかは問題ではない。いつもならこの先の牧場前からキレるはず。
「フっ。見せてもらおうじゃないの、そのカタナの実力。見かけ倒しじゃないよね」
予想通りだった。インテークバルブが開かれる。
「その太い音もいいじゃない」
閉じ忘れていたシールドを叩く知。間隔を保ったまま二台のバンク角が増していく。
「ターンインから立ち上がりまで流れるよう」
そのコーナリングは間違いなくライディングテクニックからもたらされるものだが彼の愛車、バーニングアイと同様ではない。よりモダンで洗練された動きと
「行くよ」
知がNSRに鞭を打とうとしたとき、マシンの様子を探っていたような灼眼の動きも変化した。長いマフラーが
更にワイヤーを引こうとする知。しかし普段とは異なる前走者の挙動に気付いた。
「もしかして
二車ともに限界に近い領域でコントロールされているのだが百パーセントではない。あの熱量ほとばしるバトルにならない。なにか理由があるのだろう。知は勝負を
ランデブーがギャラリーコーナーを抜ける。
「灼眼と白氷だな、でもあのカタナはなんだ?」
「それに速いがバチバチしたものを感じなかったな」
「カスタマイズ車両のテスト、試走か」
観客から憶測が漏れた。
ツイスティーな下りでワルツを踊った分かる者達がゴールの直線にかかる。先導する形になった男が例のエリアに知を導く。珍しく停車するようだ。素直に従いNSRを並べた知に一層、珍しく彼から口を開いた。
「察してくれたようだね。ありがとう。後ろから見てどうだったかな」
知は質問の意図が掴めなかったが思ったことをそのまま述べる。
「それはもう小刀じゃないね。でも小刀だ」
「出来れば分かりやすくお願いする」
冷静な声に考えながら返す。
「とてもスムーズな上に鋭い。完全じゃないけど最近のSSに近い動き。だけどカタナ。上手く言えない、ゴメン。とにかく私のNSRにも近いものを感じる」
お忘れではないだろうが度重なるクラッシュからの復帰の際に知の白氷は大きく手を入れられている。大幅な近代化が行われているといっても過言ではない。
しばらく沈黙が流れたのでストレートに尋ねる。
「そのバイク、どうしたの?」
赤くないカタナの横に立つ灼眼が答える。
「セッティングを詰めてくれ、と頼まれ預かった。だから未だ指摘された通り完全じゃない」
「それにしても大胆にやったもんだね」
僅かな間の後、語りが始まった。
「私は本来、こういった大幅なモディファイは好まない」
「知ってる」
「だが
「分かるよ」
「だから今回の件も引き受けた。広い世界、一台くらいこんなカタナがあってもいいじゃないか」
「だね」
「私はこれをあひるの子だと思っている。決して醜くはないが将来、より美しく羽ばたく雛だよ」
「気取ってるなー。サイドカバーにない
「さぁね、それを知るのは本来のパイロットだけだよ。というわけで今日は走れなかったんだ」
「うん、分かってる」
それ以上の言葉は必要なかった。異なる思想のもとに手を入れられ愛される鉄馬達。理解する二人は揃って泣き出しそうな空を見上げた。灰色の雲は山の秋が短いことを告げていた。
(注意) 当然ですが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。
灼眼の小刀 七紙野くに @namelessland
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