第61話 桜吹雪のイクラマヨ軍艦おにぎり

「桜、終わっちゃったねぇ」

「ですね。知さん、お花見、行ったんですか?」

「それがさぁ、なんでか集中してバイトが入っちゃって公園の夜桜を見たくらい」

「それは寂しいですね。私は行きましたけどね、友達と」

「いいねぇ、桜の下で豪華な料理、楽しみたかった」

「行くか?」

「え」「え」


 花見に行けずに嘆いているのは知。それに応えているのが久。場所は相変わらずのバイクショップで、行くか、と合いの手を入れたのが店主である。知が突っ込む。


「寒冷地以外、県内、全部、葉桜だよ」

「いいからいいから。明日ね。なんかうまいもの持ってくるんだぞ」

「マジ? ロンツーになるの?」

「いや、近所。店もあるのにロングツーリングは無理」

「だから近所の桜は終わってるって」

「久ちゃん、本田君、呼んできて。始業式って言ってたでしょ。午後はフリーだよね」

「分かりました」


 知の桜終了宣言は無視され解散となった。


 翌日午後一時、ガレージ前に数名が集まる。せきも久しぶりにボクサーで参加となっている。


「関さん、店長が近所に桜があるって言い張るんですよ。嘘ですよね?」

「あるよ。嘘じゃないよ」

「え、今日、七日ですよ」

「うん」


 関にまで、ある、と断言されては知も黙るしかない。五個のインカムがペアリングされる。


「じゃ、行くよー」

「店長、その真四角の風呂敷はなに?」

「秘密」

「……」

「しゅっぱーつ」


 店長を先頭に都市高速の入り口へ向かう。どこに隠しているのか不思議だが店長はZX-12Rを駆っている。いつか知がNSRの最高速テストを行おうとした際にガードに回った機体だ。高速クルージングには適しているのだろう。


 ZXを皮切りにハイウェイに入った五台は前走車との車間を確実に保ちつつ隊列を成す。首には、それなりの風圧がかかるが春の気温もあって心地好い。


 月見山つきみやまのゲートを抜け続く自動車専用道路も快調に流す。知が問う。


「どこまで行くのー?」

「すぐだよ」


 店長の応答後、間もなく左にウィンカーが灯された。後続がならう。


大蔵谷おおくらだにじゃない。なだや中央区と西区じゃ変わりないよー。真横に移動しただけ。移動した距離もわずかだよ」


 大蔵谷といえば本田少年が免許を取得する時に使ったインターだ。確かに少し西に走っただけで桜の開花状況が変わるとは思えない。知の言い分も、もっともだ。しかし店長は相手にせず南へ針路を取る。


「このあいだ、来たとこだよ。また同じ場所?」


 寺院やプラネタリウムを訪ねたルートをなぞる店長。だが、あの神社への分岐はスルーした。明石あかし駅を示す左矢印が出る。


「真っ直ぐね」


 標識の交差点もスルーした一行は数百メートル進んで突き当たりで停車した。店長が案内する。


「はい、お疲れ様。右側が駐輪場だから並べて。バイク仮置場かりおきばって書いてあるとこね」

「ここが仮置場なら本置場ほんおきばはどこにあるの?」

「知らない。何年も前からここが駐輪場として機能しているから、いいんじゃない」

「ふーん」

「ちなみにそこの駐車場も五百円だから駅前方面と比べると格安だよ」


 本置場を尋ねた知の目には結構な数の単車が映る。仮置場とはいえ周知されているのだろう。


 ライディングギアから開放された面々は鳥のさえずりを耳に歩き始めた。旨いもの、も抱えているはずだ。店長が導くのは言うまでもない。


「明石なんて西区じゃない。咲いてるわけないよ」

「知。今、言っちゃいけないことを口にしたな。明石は昔、神戸市との合併が持ち上がって住民投票で反対多数となり否決されたんだぞ」

「明石市民、こわー」


 合併の件は久も本田少年も知らなかったようで、ひとしきり盛り上がりつつ陽光も眩しい景色を眺める。


「あ、咲いてる!」


 知が驚きの声を挙げる。


「これは序の口。行くぞ」


 赤煉瓦タイルが美しい県立図書館を左手に坂を下る。下りきると右に眺望が開けた。


すごーい! 満開!!」

「おぉっ、見事ですね」

「店長、関さん、なんで神戸と変わらないのにここは遅れて満開なの?」


 関が回答する。


「近くで合流する明石川と伊川いかわが冷気を運ぶと言われているんだ。地形の影響もあるらしい。とにかく毎年、明石公園はワンテンポ遅い桜を楽しめるんだよ」

「この地に暮らしたことがある光源氏が念じてるんだよ」

「店長、やっと嘘が出ましたね」


 良く分からないボケを挟んだ店長を久が制した。その久が自慢の最新スマホを取り出す。


「綺麗ですー、みんなで撮りましょう」

「未だいいよ。池の西を歩こう」


 店長に促されほとりの散歩道に沿う。湖面には足こぎ式のボートが浮かぶ。形も色もとりどりで中からの会話が賑やかだ。


「店長。ここ最高ですよ。左にベンチもありますよ。ご飯、食べましょう。ご馳走なんでしょ」

「いや、未だだ。奥に行く」

「えぇ。ここよりいいところなんてあるんですか?」

「ふふ」


 久の提案は却下され軽い足取りがキープされる。本田少年は右に左に上に下にスマホを傾けるのに熱心だ。


 池の北端に近付くと更に北側が広がった。


「うわぁー」


 久以外は一言ひとことも漏らさなかった。円形の芝生広場がソメイヨシノで囲まれている。後ろを振り返れば鮮やかに濃いピンクの種類や上品な八重の山桜もある。


「ここでどうだ。ソーシャルディスタンスは取ってな」


 人は多いがあまりにも広いのでどこでうたげを催しても問題なさそうだ。桜に取り巻かれ芝生に腰を下ろすメンバー。それぞれの荷がほどかれる。


「で、店長。その風呂敷は?」

「お重」

「え、豪華なの? 豪華なのっ?!」

「豪華だよ」


 おもむろに店長が段を崩し蓋を外す。


「はい」

「なにこれ! 全部おにぎりじゃない!」

「丹誠込めて作らせていただきました。お花見スペシャルおにぎりです」

「なんで言葉が丁寧になってるのよ。他になにかないの?」

「ない」

「うーん」

「どうかしたか、知?」

「私が持ってきたのも」


 知が遠慮がちに包みを差し出す。


「え、おにぎり?」

「実は私も……」


 久が運んだのも、おにぎりだった。


「どうするんだよ!」

「それはこっちの台詞せりふだよ!」

「まぁまぁ、お二人さん」

「そうですよ」


 火花を散らす店長と知に関と本田少年が割って入った。


「どうぞ」

「僕も」

「え」「え」「え」


 関と本田が慣れた手つきで次々と紙皿に料理を盛っていく。珍しいナチュラチーズのオードブル。出始めた筍や山菜の天麩羅。肉汁、滴るローストビーフ。保温容器からは枝豆の冷製スープ。和食で外せない各種野菜の煮物。緑が眩しいグリーンアスパラと肉の炒め物。自家製と思われるパンの数々。キリがないほどだ。人には知られざる才能があるらしい。


「じゃぁ食べようか。マスク外してー」

「いただきます」

「いただきますー」

「いっただきまっす!」

「いただきます」


 暫く無言になる。沈黙を破ったのは知だった。


「おにぎり、食べてやんよ」

「なに、その口調」


 構った店長を置いて、お重のおにぎりに手を伸ばす。全面が海苔で覆われた黒い塊を一気に一口いく。


「え、イクラ?」

「そう。言っただろ、豪華だって」

「胡瓜とマヨネーズが入ってる……」

「イクラマヨ軍艦おにぎり」

「……意外と美味うまいから許す……」

「ふふふ、そうだろう、そうだろう」

「調子に乗るんじゃない!」


 なんだかんだ文句を述べつつ、おにぎりも含め、全てが消えていった。花びらが舞う。知が呟く。


「あったかいね。春だね」


 言葉を聞いた全員が、これ以上ない爽やかな青空を仰いだ。





(注意) 当然ですが拙いフィクションです。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとは失礼に当たらない距離感を保ちましょう。


バイク屋の店長は店にいる時は「店主」、店から離れると「店長」表記になります。会話文では基本的に「店長」です。


本日七日、確認してきましたが、兵庫県立明石公園の桜は満開です。なんとか明日までは保つ感じです。剛ノ池ごうのいけ周辺とその北側が見所ですので、お近くで時間が許す方は感染対策を万全にして足をお運び下さい。ただし、明日、葉桜になっていても責任は持ちません ;)

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