第10話 エピローグ

 工場での戦いから二日後。


 令くんと令くんのご両親にひたすらお礼を言われたあと、私と物干師さんは帰路に着いた。物干師さんと出会ってからの二ヶ月半がとんでもない密度で過ぎていった気がする。


「世の中には変わった職業がいっぱいあったんだね。初めて知ったよ」

 私がしみじみと言う。


「そうですね。畑良さんはここ数ヶ月で一気に知りましたね」


「物干師さんに、とうもろこ師、それに令くんのお母さんはまさか『玉の輿師(たまのこし)』だったなんて。だから知らない二人の仲人みたいなことをやってたわけか」


「はい。『玉の輿師』はお金持ちの男性と結婚したい女性にアドバイスやフォローをするのが主な仕事です。しかし今回のように元々恋愛関係にあった男女が結婚する際、身分の違いなどで破談になるケースもまだ根強く残っています。身分の差を埋めるために影になり日向になりサポートするのもまた『玉の輿師』の仕事です」


 なるほどねえ、と私は生返事してしまった。というのも先日の一件でどうしても聞きたいことがあったのだ。いつ切り出そうかと考えているうちに素っ気ない返事になった。


「物干し竿を武器にするのが意外だったな。あれでよくコーンを弾いたね」

 違う。聞きたいことはこんなことじゃあない。気にはなるけど。

「あれくらい当然です。佐々木小次郎という剣豪も物干し竿を武器として使って宮本武蔵と対戦したのです」

 違うよね? 佐々木小次郎って物干し竿みたいに長い剣を使ってただけだよね。ホントに物干し竿振り回してたら剣豪じゃあないよね。

「そうなんだ」

 心の突っ込みとは裏腹に相槌を打つ。


 このままではまずい。私は深呼吸し思い切って聞いてみる。

「一昨日の工場で、とうもろこ師が『俺たちは消えゆく職業だ』みたいなこと言ってたでしょ。あれってどういう意味なの?」


 結構勇気を出して聞いたことなのに、物干師さんは当たり前のように答える。

「そのままの意味です。私は最初クリーニング屋の店員でした。それが干したものを着た人の願いを叶えられることを知って物干師になりました。とうもろこ師はコーンを持ったときのみ指を燃焼させられることを知ってとうもろこ師になりました。令くんのお母様はこれまで恋愛相談に乗った人が悉く玉の輿に乗ったことから玉の輿師になりました」


「うん」


「なぜそうなったか。それは私たちにもわかりません。才能があったとしか言いようがないのです。つまり後継者を育成することができないのです。もちろん都合よく才能に恵まれた人物を発掘することはできません。後を継ぐ人物を育てられないのが理由のひとつです」


 私は何も言わずに歩き続ける。


「もうひとつの理由がなぜか『減っていくもの』だということです。玉の輿に乗るという話は最近ではあまり聞かなくなりました。とうもろこしもそうです。私が子どものころはおやつとして母が茹でてくれたものですが、今ではほとんどなくなりました」


「でも洗濯物は――」


「洗濯物も実は減っています。『景観が悪くなる』という観点から、洗濯物を干すことを禁じている国や地域もあります。ガスで洗濯物を乾燥させると、外に干したとき並にふわふわになります。虫や紫外線によるダメージを気にすることもありません。ガス乾燥は高額な工事が必要なことと、ガス代がやや高いことなどにより浸透していませんが、利便性を考えるとガス乾燥は増え、物干しは減っていくことでしょう」


「そっか、何か寂しいね」


「そういうものです。ただ、減ってはいきますが、形を変えて不思議な職業は残り続けると私は考えています。ですから必要とされる限り物干師としての仕事を全うするつもりです。それより」


 物干師さんが立ち止まる。


「正真正銘、今回で私の仕事に同行する三回を達成しました。危険な目に遭わせてしまったこともありましたが、これにて本当に終了です。畑良さん、今までお疲れ様でした」


 深々と頭を下げる物干師さん。もはや引き留める理由はなかった。私は望んでいた午前中から酒を飲み、Netflix三昧の生活に戻れるのだ。


 ようやく平和な日常を過ごすことができる。


 それなのに。


 もっとこの人と一緒に不思議な職業を見てみたかったと思ってしまう。もう少し同行させてほしい、と言いたくなる。


 でも言わない。


 どうしてかって?それは――


 物干師さんが頭を上げて言う。

「あの、畑良さん、もしよろしければ、もうしばらく助手をしてみませんか?」


 こうなるからよ!


 私はにっこり笑ってオーケーする。物干師さんは自分でも戸惑っているようだ。

「なぜ私はこんなことを言ってしまったのでしょうか」


「なぜって、これよ」


 私はバッグからタオルを取り出した。

「これはね、私が令くんの傷に当てたタオルなの。タオルは令くんが洗って返すと言って持っていった。そして私は物干師さんともっと仕事をしたいと願った。今日返してもらったタオルよ。どういうことかわかる?」


 物干師さんは目を見開いた。


 背後から男の子が走ってくる。俊足が自慢の小学五年生だ。私たちを追い越し、振り返り、元気いっぱいに声を出す。






「師匠! 僕を弟子にしてください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議な職業見てみようⅠ ~ 物干師 ~ エス @esu1211

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ